全国町村会

大鰐の過去と未来

茶臼山公園の眼下に広がる町並み

 

青森県大鰐町

2995号(2017年4月3日)  大鰐町長 山田 年伸

大鰐町の概要

本州最北端、青森県の津軽地方南端に位置する大鰐町は、約10,000人が暮らす小さな町です。この少々不思議な地名の由来には諸説ありますが、大昔に大きな阿弥陀如来坐像があったことから「大阿弥陀」と呼ばれていたものが徐々に「大阿弥」→「大阿(オオアニ)」と変形し、やがて鰐が仏教の守護神であることと結びつき、「大鰐」と呼ばれるようになった、とも言われています。こうした由来からも分かるとおり、大鰐町は近隣地域の中でも仏教との縁が深い町で、国の重要文化財にも指定された阿弥陀如来坐像が現在でも祀られています。  

冬にはたくさんの雪が降り積もる寒冷地帯であり、それが影響して現在でもレジャーや競技としてのスキーが盛んに行われています。もちろん、このようなスキー文化は自然に生まれたわけではありません。その歴史は大正時代にまで遡ります。当時の大鰐郵便局長であった原子保雄氏が「若者のストレス発散、そして大鰐の名物とするため」スキーを町に広めようと考え、大鰐出身の軍人油川貞策(あぶらかわていさく)氏に協力を依頼します。初めは「大鰐は熱がない」と難色を示していた油川氏ですが、最後は原子氏が参加者とスキー用具を集めることを条件に承諾。こうした働きかけの結果、大正11年に大鰐で初めてスキー講習会が行われ、更に3年後の大正14年には全日本スキー選手権の開催に成功、以後町では現在に至るまで全国規模のスキー大会が度々開催されています。

また、町の特産品としては、350年以前から栽培され、当時の津軽藩主にも献上されていた伝統野菜「大鰐温泉もやし」があります。この大鰐温泉もやしは独特の香り、シャキシャキとした歯ごたえが特徴で、その製法については現在でも生産者以外知ることのできない秘匿情報となっています。

そして大鰐温泉もやしは、その名の通り地下より湧き出る大鰐の温泉を利用して栽培されています。      

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歴史ある温泉街

大鰐町は古くからの温泉街です。その起源は一説には800年以上前とも言われ、当時東国を行脚していた仏僧、円智上人(えんちしょうにん)が大鰐温泉を発見したと伝えられています。大鰐で寺院を建立していた最中、病に倒れた円智上人がある日の夢で「この地に温泉あり。土用丑の日に沐浴すべし」と一人の童子に告げられ、その言葉に従ったところ快復した、とのことです。また、江戸時代に初代津軽藩主となった津軽為信公も、夢のお告げに従い大鰐の温泉で目を洗ったところ、眼病が快癒したとされています。

湧き出す温泉水

   
その後時代が下り、明治28年に奥羽本線陸奥大鰐停車場が開業したことから、町は遠方から来る多くの湯治客で賑わうようになり、大正時代には賑やかな歓楽街が形成されるようになりました。当時の津軽の財閥たちは先を争って大鰐に別荘地を求めたといいます。

現在でも町内には公衆浴場や温泉旅館、また温泉設備を有するホテル等が数多く立ち並び、町外から観光客を呼び寄せる重要な観光資源となっています。とりわけ2005年にオープンした温泉施設「大鰐町地域交流センター鰐come」(以下鰐come)は年間約60万人が訪れる人気スポットであり、町のランドマークとして機能しています。

旅館跡地につくられた足湯「ホットパーク加助」

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財政健全化団体からの脱却

平成以降の大鰐町は非常に厳しい財政状況に陥りました。  

町は、過去にスキー場を中心としたリゾート開発を目的として、町の100%出資による(財)大鰐町開発公社(以下開発公社)、そして地元企業とともに大鰐地域総合開発(株)(以下OSK)を設立、昭和62年のリゾート法制定を契機に、スキー場開発や温泉施設の整備等を積極的に推進しました。しかしバブルの崩壊に伴い温泉施設は閉鎖、開発公社とOSKには多額の債務が残されました。

廃業したリゾート施設

全国大会なども開催される「大鰐温泉スキー場」は県内トップクラスのスキー場

債務の大半を損失補償していたことが主因となり、町は大きな将来負担を抱え、平成20年度決算において財政健全化法における健全化判断比率のうち、将来負担比率が早期健全化基準を超えたため、「財政健全化団体」として財政健全化計画を定めました。

その後、町は早期の健全化に向け、固定資産税の引き上げや家庭ゴミ収集の有料化等による歳入の確保、そして、町長や町職員の給与及び議員報酬等の削減、公債費の抑制、繰上償還の実施、町営施設等管理の見直し、建設事業の抑制等によって歳出の削減を図りました。

これらの取組により、平成26年度決算における健全化判断比率は計画を上回って改善され、今後も早期健全化基準以上とならない見込みとなったため、計画より7年前倒しで財政の早期健全化を完了しました。

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地元民間団体の取組と町との連携

近年では町の主導によらない地元の民間団体が積極的な活動を行っています。現在鰐comeの指定管理者である「プロジェクトおおわに事業協同組合」(以下プロジェクトおおわに)もそうした意欲のある団体の一つです。   

平成19年、町内の有志が「このふるさとをなんとか元気にしたい!」という思いで民間の町おこしグループ「OH!!鰐元気隊」を結成、平成21年にはこのOH!!鰐元気隊を母体としたプロジェクトおおわにが鰐comeの指定管理者となり、現在も同施設の運営にあたっています。プロジェクトおおわにはそれまで赤字続きであった鰐comeを指定管理初年度から黒字に押し上げ、その後も地元の農産物を販売する「産直の会」を立ち上げ、年間売上が数千万円規模に達するなどの成果を上げています。また、町内の子どもたちのまちづくり意識を促すため「OH!!鰐元気隊キッズ」を組織、町内の清掃活動や大人たちに混じっての首都圏でのPR活動に参加させるなどの活動も行っています。

大鰐温泉を手軽に楽しめる施設「大鰐町地域交流センター鰐come」

こうした様々な実績が認められ、平成25年には地域の発展向上に尽力する団体等を表彰する「地域づくり総務大臣表彰」を、平成28年には個性ある地域の整備・育成に顕著な功績があった団体を表彰する「地域づくり表彰」において国土交通大臣賞をそれぞれ受賞しました。県外の多くのメディアにもその活動内容が取り上げられ、注目を浴びている団体です。

このプロジェクトおおわにと、生産者たちの団体である大鰐温泉もやし組合、そして大鰐町の三者は更なる大鰐の地域振興のため、平成28年9月、「大鰐温泉もやし増産推進委員会」を設立、「大鰐ブランド価値向上プロジェクト事業」を開始しました。国の地方創生事業を活用して、大鰐温泉もやしの増産を軸としたブランド化、町の観光産業の振興と情報発信、次世代の人材育成を実施していく予定です。その皮切りに、県内外・海外に向け大鰐町をPRすべく、専門のコンシェルジュが常駐する「大鰐温泉観光案内カウンター」を設置、更に大鰐温泉もやしの地域資源としての貴重さをアピールするため「大鰐温泉もやしフェスタ」を開催、限定販売の大鰐温泉もやしが即完売するなど、幸先の良いスタートを切りました。

町自慢の「大鰐温泉もやし」は古くから伝わる幻の冬野菜

フェスタでは寒い中「大鰐温泉もやし」限定販売に長蛇の列

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大鰐の未来について

前述の通り大鰐町は財政健全化団体から脱却はしたものの、依然として厳しい財政状況が続くことは変わりません。町としては、持続的かつ安定的な財政運営を図るため、長期的な視点をもった効率的な施策の展開、未利用財産の売却や有効的な活用、地方公営企業等の経営健全化に努めてまいります。また、財政状況を積極的に町民へ周知し、財政運営への理解を深めてもらうことも重要です。その他にも人口減少や高齢化など、困難な課題は山積していますが、町が主体的に実施する施策の他、町民一人一人の力や、各種事業所や団体といった民間の力を結集させ、より一層町を盛り上げていくことが、今後の大鰐の未来にとって大切なことだと考えています。  

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