全国町村会
 

『ないものはない』の精神で飽くなき挑戦
〜持続可能な未来をつくる“学びの島”へ〜

家督山から菱浦湾を望む

 

島根県海士町

2913号(2015年3月16日)  海士町役場 総務課

はじめに

島根県隠岐諸島の一つ中ノ島にある海士町は、本土から約60q、人口約2300人の小さな離島ですが、 この町のロゴマークとなっている『ないものはない』という言葉が昨年9月の安倍首相の所信表明演説で紹介され、一躍注目を浴びました。 

曰く、島へIターンした若者のアイデアから開発されヒット商品となった「さざえカレー」など、地域の個性を活かして自分たちの未来を作り出すという“地方創生”の好例として。 また、『ないものはない』(=必要なものはすべてここにある、知恵次第で何とでもなる)の考え方を以て『やれば、できる!』を体現している気概あるド田舎の町として、海士町を取り上げていただいたのです。

他にも、昨年6月には当時の総務大臣が来島されたほか、年間2000人近くもの皆様が、全国各地から、時に海外から、遠路はるばる海を越えて視察にいらっしゃいます。 なぜ、僻地の離島がこれほど注目されるのか。以前は日本の“最後尾”を走っていたはずの少子高齢化の過疎の町が、なぜ“地方創生の最先端”とまで言われるようになったのか。 その独自のまちづくりの経緯と目指す未来について、ご紹介いたします。     

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海士町の概要

まず地理的な概要としては、海士町は面積33.52ku、周囲89.1qで、車なら1時間で一周できる大きさです。本土からは大型フェリーか高速船(※冬期は休航)で約2〜3時間かかり、 冬場は海が時化ることが多いため船が欠航し交通が断絶されることも珍しくありません。そうなると当然、新聞や食料など本土からの物資は何一つ届かず、人も足止めとなります。 

しかし悪条件ばかりではなく、対馬暖流の影響を受けた海域は豊かな海産物に恵まれ、古くから漁業が盛んです。また、豊富な湧水と、 約280万年前の火山活動によってできた平地を利用した稲作も盛んで、食料を自給自足できる半農半漁の島です。 

歴史的には、奈良時代から遠流の島であり、遣唐副使の小野篁や、鎌倉時代には承久の乱で敗れた後鳥羽上皇など高貴な方々も流されているため、貴重な文化遺産が多く残っています。 よそ者(今で言うIターン)を受容するメンタリティが島に根付いているのも、古来から流人を受け入れてきた歴史に因るのかもしれません。  

文化遺産だけでなく、海士町を含む隠岐全体には様々な地質遺産や世界的にも珍しい独自の生態系が残されており、平成25年には世界ジオパークに認定され、 今後の観光振興が課題になっているところです。 

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地域再生へ“攻めと守り”〜島ならではのモノづくり

若者の島外流出による極端な少子高齢化や人口減、第一次産業の低迷。地域活力の低下に対する起爆剤として、平成10年、 地域資源を活かした商品開発に着手しました。「島じゃ常識 さざえカレー」が発売されたのもこの年です。 

「島じゃ常識 さざえカレー」

実は当時の海士町は、財政面でも深刻な事態に陥りつつありました。国の基盤整備事業に限界が見え始めて公共投資が急激に縮小、 それまで公共事業に頼っていた町の借金は約102億円にも膨らみ、財政破綻が危ぶまれる状態だったのです。 

そこで平成11年、第3次海士町総合振興計画「キンニャモニャの変」の始動とともに財政健全化への取り組みがスタートしました。さらに、 山内道雄・現町長が初就任した直後の平成15年、平成の大合併の嵐が吹き荒れる中で敢えて単独町制の道を選んだことで、『自立』に向けて島民の心が一つになり、 翌16年には「海士町自立促進プラン」を策定。「三位一体の改革」に伴って地方交付税が大幅削減されるという海士町最大のピンチを、地域再生のためのターニングポイントとするべく、 大胆な“攻めと守り”のまちづくりが始まりました。  

まず“守り”とは、人件費削減などの徹底した行財政改革です。その給与カット分を財源として、子育て支援など少子化対策や定住促進策にも本腰を入れました。 

一方の“攻め”とは、『島まるごとブランド化構想』に基づく官民一体の産業振興です。この島の風土ならではのモノづくりによって第一次産業の再生を図り、 清浄な海域で養殖される岩がき「春香」や、足腰が強く肉質も極上の黒毛和牛「島生まれ、島育ち、隠岐牛」など、『海士ブランド』の特産品を続々と誕生させて外貨獲得につなげ、新たな雇用も創出しました。 

岩がき「春香」の水揚げ

海士ブランド放牧中の「隠岐牛」

平成16年に導入した鮮度を保つ特殊な冷凍技術CASによって離島の物理的ハンディキャップを覆し、白いかや岩がきをCAS凍結した冷凍加工食品は、 首都圏を中心に海外にまで販路を広げています。 

CAS凍結した「白いか」

凍結庫への搬入作業

最近では希少海藻の養殖や商品化に向けた研究も行い、平成24年に新設した海藻センター(応用藻類学研究所)を拠点として水産業の付加価値化と海洋資源管理を目指す取り組みも進めています。 

これら数々のユニークな施策によって雇用機会が増えたこと、そして明るくたくましい島民性に惹かれて都会から移住する若者が後を絶たず、 現在は島の人口の1割以上がIターンです。“よそ者”と地元民との交流から生まれるパワーや柔軟なアイデアが、今の海士町の元気の源にもなっています。 

もてなしの定番、海鮮BBQ

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島づくりの原点はヒトづくり〜地域をフィールドに

独自のモノづくりから起死回生の道を歩み始めた海士町ですが、ここ数年で最も注目されているのは、ヒトづくりの分野。 島前3島(西ノ島、中ノ島、知夫里島)の高校生らが通う県立隠岐島前高校(海士町福井)の学校改革、いわゆる『高校魅力化プロジェクト』です。 

6年前には少子化による生徒減で学校存続の危機に瀕していた島前高校。もし高校が無くなれば、 15〜18歳の若者が島から消えるばかりか子どもをもつ世帯の流出やU・Iターンの激減に直結し、地域の衰退に歯止めがかからなくなることは明白です。 そこで、「島前の存続のためにも高校を無くすわけにはいかない!」という決意で始められた『地域づくりと連動した高校改革』こそが、高校魅力化プロジェクト。 平成20年度策定の「高校魅力化構想」に沿って、島全体を学びのフィールドと見立てた地域密着型の授業やキャリア教育など、独創的なプログラムを次々と実践してきました。 

特色は大きく4つあります。まずは、高校だけではなく地元3町村が地域総がかり体制で取り組んでいること。 2つめは、ふるさと教育をベースとした課題解決型の授業により『グローカル人材』の育成を図っていること。身近な課題を見つめながら広い視野も養い、 起業家精神をもった“地域の担い手”を育てることを目指しています。3つめは、公立塾「隠岐國学習センター」。学校の学習をサポートするほか、 各自の興味や問題意識から考えを深めていく「夢ゼミ」では、島内外の大人も参加して議論するとともに、ICTを利用して国内外の専門家や他の地域の高校生との対話の場を作っています。 そして4つめは、「島留学」です。生徒数の増加だけではなく、全国から意欲の高い多彩な生徒を受け入れることで島の子たちに良い刺激をもたらし、学力や生きる力を相互に伸ばしあうことが目的で、 異文化・多文化の中で協働する力を培っていける学習環境となっています。このプロジェクトが始まってから、廃校の危機にあった島前高校への入学希望者は増加に転じ、 生徒数は平成20年の89名から平成26年には156名となりました。過疎地の高校としては異例の学級増(定員40名から80名へ)が実現し、教職員数も増え、学校全体の活力が高まっています。  

島前からの働きかけを受け、島根県では23年度から離島・中山間地域での高校魅力化・活性化事業を開始。 24年度には「標準法」(=「公立高等学校の適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律」)が改正され全国の離島の教育環境改善につながるなど、このプロジェクトは着々と実績を積み重ね、 共感の輪を広げています。 

海士町では保育園から小・中・高校までの縦の連携にも力を入れており、今後も引き続き、地域総がかり教育、 島全体を学校ととらえた独自の教育を一層推進することで、『子育て島』『ヒトづくりの島』としてブランド価値を生み出し、子ども連れの若いU・Iターンの定住促進にもつなげていきたいと考えています。 

さて、ここでひとつ唄を紹介します。視察に来て頂いた皆様は体験済みの方も多いと思われますが、来島者と、町長以下海士人が手をつなぎ輪になって合唱する唄、『ふるさと』。 

ただし通常の『ふるさと』とは歌詞の一部が違います。  

♪兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川 夢は今も巡りて 忘れ難きふるさと…
志を果たし『に』 いつの日にか帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと♪ 

「ここで学んだ後は島外へはばたいて広い世界で学び、ブーメランみたいにまた島へ戻って、共に働こう」。そんな想いをのせて唄う『ふるさと』。 これが、地方創生の時代に海士町が発信する新しいスタンダードです。 

明屋海岸

ふるさと合唱(交流センターの竣工式)

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持続可能な“学びの島”へ

昨年末、また一つ学びの拠点が誕生しました。島前高校敷地内、鏡浦寮の隣に新設された「島前研修交流センター」です。 地域の方々にも足を運んでもらうことで高校生と交流を深められるような施設で、生徒たちが卒業後も「また帰ってきたい」と思える場所、そして地域の人々に支えられていることを実感できる場所になるように、 との祈りを込めて、施設の基本コンセプトは『島家』と設定されました。 

その竣工式で山内町長は、「この施設は、島前高校、隠岐國学習センターと並んで、海士町が取り組む全人教育(※)の3拠点の一つとなる。地域はもちろん世界にも開かれた場、 多文化・多世代交流の場として『グローカル人材』の育成を目指す場であり、島前の課題に自ら立ち向かっていける若者がここから輩出されるよう期待する」と述べました。 学習センター新校舎も竣工が迫っており、今後これらの諸施設に“魂”を入れていく段階に入ります。 

海士町としては、CASによる水産加工業や畜産業といった主軸ブランドの産業振興に継続して取り組みながら、「人づくりこそ島づくりの核心」(山内町長)との考えのもと、 地域ぐるみのグローカル教育に本格的に挑もうとしているところです。  

町の経営指針は、『自立、挑戦、交流』です。地域資源を守り、且つ活かし、地域を担う人材を育て、且つ循環(U・Iターン)を促しながら、『自然も人も持続可能』な島をつくるため、 海士らしい挑戦を続けて参ります。 

海士人の心意気「ないものはない」

   

(※)全人教育…知識や技能だけでなく感性なども重視し、人間のさまざまな資質を調和的かつ全面的に育成しようとする教育。 

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