全国町村会
 

再生可能エネルギーの導入と利活用
〜自家用水力発電への取り組み「小又川発電所」〜

下北山スポーツ公園

 

奈良県下北山村

2876号(2014年4月14日)  下北山村 産業建設課

動機

下北山村は、近畿の屋根と言われている大峰山系「大台ヶ原山」の南麓に位置する小さな山村です。

この周辺一帯は日本でも最多雨地帯として知られており、年間総雨量は2500ミリから多い年には4500ミリを超えることもあります。

昭和30年代には、この豊かな水源を利用すべく北山川本流には電源開発のためのダムや、52万キロワットを超える規模の発電所が次々と建設され、 関西を中心とする都市部の高度経済成長に大きく貢献してきました。しかし、池原ダムだけでも880ヘクタール余りの土地や集落を水没させた代償は地域にとって大きいものがあり、 エネルギーの地元利用という面でも地域への貢献は少なく、これら一連の事業により山村は大きく変貌してしまったのです。  

このような中、奈良県の山村に残された未利用水資源を活用して発電所を建設し、 そのエネルギーを地元で利用して地域活性化のための事業が出来ないかと、「奈良県小水力発電開発研究会」が発足したのは、いまから30年前の1984年7月のことです。    

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経緯

(ローカルエネルギー利用と林業活性化への期待)

奈良県及び県森林組合連合会、県下の7つの村と森林組合がこれに加わり、2箇所(後に3箇所)で河川流量データを得るための測水が始まりました。 そのうちの一箇所が小又川発電所(下北山村)です。

この計画に森林組合関係団体が加わったのは、長引く林業不況の中で、必要な森林の手入れに資金を投じる森林所有者が減ってきたことから、 この事業で収益が上がったらすべて山に投資する、つまり遅れがちな森林の手入れに発電による収益金をつぎ込んで森を育て水源涵養を図る、そこで生み出された水を利用して発電する。 という循環システムが可能になるのではないか、と言う林業活性化への期待があったからなのです。  

発電に関しては素人集団であり、当初はコンサルタントを頼りながら発電に関する知識の取得を中心に活動していましたが、 中国地方の小水力発電所の視察などを重ねたりするうちに、徐々にこれは事業として成立するのではないかと思われてきました。 

中国地方では、戦後10年〜15年位の間に建設された小さな流れ込み式の発電所が今も運転され、地元電力会社の配電線に接続して売電されていたのです。 

これならば、奈良県でも可能ではないか、開発地点は沢山あるぞという思いが湧いてきました。 

この時点では、その後下北山村が建設を開始することとなった小又川発電所の、水利権を始めとする「許認可事務」や電力会社との「売電交渉」の難しさ、 また完成までに9年余の歳月がかかるとは理解できていなかったと言えます。 

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取り組みの内容

(売電交渉始まる)

奈良県小水力発電開発研究会が発足した年の12月、関西電力との間に第1回目の売電交渉が始まりました。小水力発電に限らず発電事業は、発生した電力を蓄えられないので、 すべて自家消費するか、電力会社に全部買ってもらうか、或いは自家消費したうえで残りの余剰電力を買ってもらうことが前提になります。 

下北山村の場合、電源開発鰍フ池原ダム建設時に下流に廃河川敷が残置として残りました。これを整備して作った「下北山スポーツ公園」があり、 この公園施設に自家供給・自家消費をし、余剰電力を関西電力に売電する方向で話し合いに入りました。 

売ろうとする方も、また、このような話を持ちかけられた電力会社も初めてのことで、お互い手探りの状態が続くこととなりました。 

何よりも技術的に大丈夫なのか、本当に発電所を作る気があるかという心配が電力会社にはあり、 小さな発電量のためスケールメリットも無いという状況のもとでは、「出来れば計画を断念してほしい」と言うのが偽らざる心境であったでしょう。 

この後、十数回におよぶ交渉や検討会でいろいろと買電のための条件を提示してきました。 

主な条件とは、電気の質を落とさないこと、配電線のつなぎ込みに要する費用の全額負担、安全確保のための設備増設、売電単価の上限設定などです。 

これには、発電機の機種変更、費用の負担承諾、補助金導入などで条件をクリアーすることとして交渉を進める一方、この間に、建設省・通産省等に事業認可、 農林水産省に補助対象事業としての認定についての陳情を始めました。 

そして、87年ある程度の具体的計画が煮詰まったのを待って、いよいよ水利権などの事前協議に入りました。 

発電所全景と放水口

発電機

(水利用の壁)  

発電出力の計算のためには、10ヶ年間の流量測定データが必要とされています。 

ただし、近隣の測水所の過去の測水記録があれば実測データとの相関関係で補うことが可能です。このため、 電源開発株式会社の流量資料の提供を受けて取水量や発電出力を検討しました。 

一方発生した電力を自家消費して有効に活用するためにも、また余剰売電の承諾を得やすくするためにも売電単価を低く押さえることが必要となり、 経費をかけないで施設を完成させられないかという検討が大切です。 

鳥取県、広島県等の小水力発電所では、既設の堰堤を利用して取水、既設の農業用水路で導水して流れ込み式の発電をしておりました。 小又川発電所計画地点はこの条件にも当てはまっていました。 

上流に砂防ダム及び副堰堤があり、この副堰堤を利用しての取水が容易と思われたのです。また、この谷には、 取水予定地点から放水予定地点までの間に2つの滝があり落差が稼げること、他に水利の利用者が無いこと、取水地点も放水地点も同じ渓流であり、 環境への影響も少ないことなどいくつかの条件がそろっていました。

しかし、関係機関との協議や打ち合わせが進むにつれて、これは容易ならざる事業である、と認識せざるを得なくなってきました。 

建設省(現、国土交通省)に副堰堤からの取水を申請するためには、出先機関の近畿地方建設局(当時=以後「近畿地建」という。)に事前協議を行います。 当時はこの程度の規模の計画ならば、近畿地建での技術審査により容易に国への許可申請が進むだろう。というようなお話があったと記憶しています。 

ところが、これは希望的観測にすぎませんでした。近畿地建の出先機関の工事事務所を経由して提出した計画図書は、 近畿地建各課でさまざまな角度から検討が加えられて完成します。この書類や図面が国(建設省)に送られて、その後書類手続きだけですぐに許可が出るのかと思いきや、 砂防施設の利用や取水施設の安定計算については、本省河川部砂防課が、維持流量の検討・水利権の申請については水政課が、などとそれぞれ専門部署にわたって詳しく内容を検討してくれるのです。 

そして小さな河川(谷)であっても一級河川に指定のうえで水利権を申請することになり、この河川指定の申請書類づくりに数ヶ月と、あっと言う間に一年が経ってしまいます。 また、技術的には本省砂防課の指示で「(財)砂防地すべり技術センター」の審査が条件となり現地調査や検討結果の報告会など業務が加わり何度も上京しました。 

そして技術センターの検討結果をもとに、「小又川砂防ダム利用審査会が都内で開かれ、そこで技術的及び管理上砂防ダムの利用に支障なしと認められ、やれやれと思いきや、 6ヶ月ほど後になって、取水堤の安定計算については、砂防堰堤に求められる技術によるのではなく、河川構造物としての堰堤として必要な安全性を確保するため、再度計算をし直すこと。 そのためには、更に地質調査(ボーリング)を行うようにという指示が出てくるのです。

その結果、この新たなコンサルタントへの業務の委託、成果品の河川構造物としての堰堤の規模に驚き、それを基にまた土木工事費用の再積算が始まります。この間、 また6ヶ月くらいかかります。同じ建設省河川局の中でワンストップ窓口はありません。 

小又川発電所は当初、豊水時の水量を見込ん最高時には400キロワットくらいの発電ができる設備が検討されましたが、補助金の関係、水量の安定性、 自家消費電力量とのバランスなどを検討した結果98キロワットの規模と決定しました。 

電力会社から見れば、オモチャと感じられたことでしょう。 

また、当時は100キロワットを超える発電所になると、更に電源開発調整審議会(電調審)にかけなければならないということでした。 これ以上いろいろな手続きが重なり計画が遅れることになると、事業を進める事に村議会が疑問を感じ中には撤退を提案されるということになりかねません。 そうなるとこれまでに投資した調整費や交渉などに要した費用、あるいは情報・知識までが無駄になってしまうだけでなく、今後このような、モデル的事業を立ち上げる意欲まで失いかねません。 このような、実情を踏まえて98キロワットの出力で行こうと決まりました。 

現在2013年には国土交通省も最大1000 kW未満の小水力発電については許可手続きの簡素化、円滑化を進める方針となり水利使用の許可権限が知事に移譲されましたが、 当時の感想としては、小さな発電所にもかかわらず、土木施設も発電関係施設も、立派な物が完成しましたが、我国では、 100キロワット未満の発電所も30万キロワットクラスの発電も殆ど同じような手続きを必要とするのではないか、という感想を強く持ちました。

ともかく、大変な条件をクリアーし奈良県の強力なバックアップ、多くの方々の力をいただいたお陰で、 小又川発電所は農林水産省により山村振興対策事業の特認事業として採択され総建設費約3億3千万円で国・県補助金約70%を受け1993年3月完成、同年9月から発電を開始したのです。

取水施設

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現状と今後の課題

運転開始からこれまで概ね順調に運転が行われて来ましたが、渓流の規模が小さいゆえに年間発電量は天候に大きく左右されます。通年発電が出来た年の平均発電量は約60万kWh、 事業効果として生み出される収益は約650万円、自家消費率は約70%、維持管理費は約400万円と地域住民の憩いと雇用の場である下北山スポーツ公園施設の運営の一助となっています。 

発電の長期停止は2回あり、2004年相次いだ台風により取水施設が壊れ、放水口が大量に河川に流出した土砂により埋没し、一時的に発電所内部も浸水をし、 8ヶ月にわたり運転が出来ない状況となった他、運転開始より18年目の2011年8月、小又川発電所は原因不明の停止をし発電が出来なくなりました。 後の調査により発電制御を司る一部の重要な部品の故障と判明しましたが経年変化による劣化です 。 

18年前建設時に携わった小水力発電メーカーは経営悪化により既に精算され存在せず、新たな企業のもと一日でも早い再起動に向けて修繕に取り組む事となりました。  

しかし、修繕には結果19ヶ月を要しました。発注準備を合わせ工事に要した期間は9ヶ月でしたが、脆弱な村財政がゆえ、 修繕に要する最も有利な資金の確保の為に時間だけが過ぎていきます。たとえ故障部分の機器が一新されたとしても、他の機器が問題なく再起動するとは限りません。 

停止をしていても必要な費用は発生します。心配を募らせましたが漸く開所から20年を迎えた2013年3月約3千万円の工事費により運転の再開にこぎ着けました。 

過去の制御機器はアナログ機器でしたが、修繕後はデジタル化され、 試験調整から発電を伴う試運転までの機器の状況や安全な運転を段階を追ってスムーズに管理出来ている様子が20年の間の技術の変化を感じました。しかし、 逆にデジタル機器の寿命は一般的に短く10年程度で、以前の機器の寿命はアナログ機器だったがゆえに18年動き続けたのであろうと聞かされ複雑な思いを抱きました。

修繕にたずさわった企業では農業用水を利用し自社が管理運営する1000kW級の発電所の建設にも着手しているとの事で、数十キロの水力発電機器の製造も手がけたが、 一般論で言えば小水力であっても1000 kW級の発電が出来ないと企業として取り組むうま味が生じないと聞かされました。当時、 あらゆる条件を乗り越えて規模決定した小又川発電所ではありますが発電規模の小ささから運転により生み出される収益が、 今後運転を継続し続ける為の機器設備の更新に対応出来るのか将来への課題が出てきております。 

運転開始からの20年で国内の電力諸事情は大きく変化しました。特に2011年3月の東日本大震災は、原発依存の体制からの転換が求められております。 

残念ながら、小又川発電所は発電開始後20年を過ぎている事で、再生可能エネルギー法の恩恵にはあずかれませんでしたが、数ある中小河川の水を利用した小水力発電は、 環境にやさしいエネルギーとして、もっと注目され取り組みが進められることを願ってやみません。 

制御機器

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