全国町村会

歴史に感謝 未来へはばたく元気あふれるまちづくり

  

雪まつり メインイベントの「国際中華鍋押し相撲WAJIMA」


北海道新十津川町

2780号(2011年11月14日)  北海道新十津川町長 植田 満

はじめに

今から、122年前の明治22年8月に奈良県吉野郡十津川郷で起きた未曾有の水害は田・畑や道路が埋没し、これがせきを切って濁流となり、死者168人に及ぶ尊い命が失われ、流失・全半壊家屋600戸、村の7割に及ぶ言語に絶する大惨事となりました。家産を失い衣食を絶たれた600戸、2,489人が政府をはじめ関係機関の手厚い援護を受け、翌23年6月北海道石狩川中流域のトック原野に集団入植し、本町は開村いたしました。この新天地を母村たる十津川村にちなんで新十津川村と命名し、その後、昭和32年に町制が施行され現在に至っております。

地勢は、札幌市と旭川市の中間となる道央空知のほぼ中央部で、石狩川の右岸に位置し東西35q 南北30q、面積495.62平方kmで、そのうち77%が山林となっています。気候は、内陸型で四季の変化に富み、増毛、樺戸山系の影響で、冬は西北の風が強く寒冷地帯で積雪量も多くなっています。積雪は1m前後であるが、山間部では2mに達します。人口は、農業の近代化や省力化による規模拡大により、農業従事者が最盛期の3分の1に減少したことなどの要因から、昭和30年の16,199人をピークに減少を続け、平成23年10月末現在では、7,147人となり、高齢化比率は、32.7%となっています。

   

開墾の状況

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めずらしい成り立ち

北海道内で、単一団体の移住により設置された市町村は、本町だけだと思いますし、被災からわずか2カ月後には移民団が出発するなど、当時の努力がしのばれます。折角の機会なので、移住の経緯などに触れさせていただきます。

明治22年の災害発生後、在京の十津川郷出身者らにより、被災者救済策が検討され、特に生活基盤を失った約3千人の生活をどう再建するかが急務となりました。このため、移住が検討され、明治政府の北海道開拓方針に添って、北海道に移住し、北方防備にあたることは、十津川郷士先祖代々の忠君愛国の精神にかなうものとの意見も強かった一方、最北極寒の地では、到底生活できないとの意見もありました。

こうした中、上京中の北海道庁長官永山武四郎に面会した郷出身者らは、北海道移住への協力を要請。永山長官は、できる限りの便宜を図ることを約束し、このことにより、北海道移住への機運が一気に高まりました。これを受け郷内では、北海道移住の勧奨が行われ、政府に対し移住保護願が提出されました。

内容は、移住に際しての支度料や旅費、農具料など総額17万5,741円の移住費の支給などでした。同年10月16日願は閣議で可決し、10月18日第1回移民200戸790人が十津川郷を出発し、このあと2回に分けて神戸港から北海道へ向かいました。移住に際し、天皇陛下から就産資金として2千円の御下賜があった旨の達しがあり移民一同を感激させました。

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小樽に上陸し、汽車と徒歩で空知太(そらちぶと:現在の滝川市)へ。

11月18日までに全員が到着し、当時建設中の屯田兵屋に入居しましたが、完成した兵屋が150戸しかなく、1戸に4家族が同居する状況となりました。初めて体験する北海道の寒さに驚愕し、帰郷を企てる者もあったという中、移民誓約書が起草され新村建設を改めて誓い合いました。翌年1月北海道庁令で新十津川村が設置されました。

移住予定地のトック原野は、明治20年北海道庁が調査を行い、農耕適地として選定されていました。入植を前に碁盤の目に区画測量が実施され、また移住小屋の建設が行われました。

明治23年6月、抽選により割り当てられた土地を目指し石狩川を移民団は渡り、開墾に着手し、先ずはうっそうと茂った原始林の伐採から始まりました。当然のことながらすぐ作物が収穫できるわけもなく、道庁から2年間にわたり食料が支給されました。同年7月に第2次移民をもって十津川郷からの団体移住は終了しました。その後、他府県からの移住者が増え、開墾当初は畑作のみでしたが、北陸出身者らにより水田への転換が進められ、北海道内屈指の米どころの礎を築き、現在に至っています。

   

稲刈り

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まちづくり

新十津川町では元気あふれるまちづくりを進めています。

◇あいさつ運動

まちづくりの基本は、人づくりであり、その基本となるのが「あいさつ」であると考えます。一日の始まりは家庭においても、社会においてもあいさつからはじまります。

朝の通学時に、笑顔で明るく「おはようございます。」とあいさつする子供たちや、地域活動に生きがいをもって取り組む高齢者の笑顔を大切にして、町民によるあいさつ運動を高め、毎日を明るく楽しく生活する「日本一あいさつのあふれるまちづくり」を進めています。

◇産業の活気あふれるまち

本町は開村以来、農業を基幹産業として発展し、特に水稲は、道内でも有数の米どころとなっています。創業100年の歴史を誇る町内の酒造会社はもとより道内各酒造メーカーに酒米供給しており、道内で屈指の生産量を誇っています。また、メロンやトマトなどのブランド化を進め販路の拡大を図っています。

観光では、約50haの敷地に温泉、スポーツセンター、プール、野球場、パークゴルフ場、宿泊施設などを設置したふるさと公園が集客の核となっていて、同公園を会場にふるさとまつり(当日入込12,000人)や、標高1,100mのピンネシリ山頂を目指すピンネシリ登山マラソン(350人参加)が行われ、学生の合宿などで利用されています。このほか町内では、ビールパーティー、味覚まつり、雪まつりなど四季折々のイベントが行われています。さらにグリーンツーリズムでは、全国から年間1,000人を超える生徒が農業体験のため、来町しています。また、豊かな自然の恵みを受けた特産品がたくさんあります。

高品質米の「ゆめぴりか」や「ななつぼし」、地酒金滴、ホルモンやジンギスカンなど全国各地からご注文をいただいています。皆さんもぜひご賞味いただたき、ご感想をいただければ幸いです。

   

トマト

   

ピンネシリ登山マラソン

   

ふるさと祭り「泥(でい)ブリッジ選手権」

   

農業体験

   

金滴

◇教育の充実したまち

本町は、文武両道の伝統を母村から受け継ぎ、教育に力を入れています。一昨年、教育環境を整備するため小学校4校を1校に統合し、小中各1校体制とし、校舎耐震化を進めていますし、平成24年度からの中学校武道の必修化に伴い平成24年度に剣道場を新設するべく準備を進めております。旧小学校校舎を改修して設置した、現代彫刻家五十嵐威暢氏監修による彫刻体験交流施設「愛称かぜのび」は、今年6月にプレオープンいたしました。五十嵐先生の作品は、全国でも多くの施設で設置されており、今後は、計画的な作品展示と、彫刻体験施設として、大勢の愛好者で活用されることが期待されております。

また、母村十津川村との交流は、小中学生・青年・婦人、スポーツ・文化活動などで多岐に交流し、絆を深めています。

新十津川おどり保存会では、国指定重要無形民俗文化財の奈良県十津川村武蔵踊保存会の大踊を昭和54年に伝承し、昨年30周年を迎えました。町内の各種行事で、大踊を披露し文化振興に貢献しています。

   

神社例大祭 後ろの新十津川神社は十津川村の玉置神社から移住した際分祀したもの。

◇安全で安心なまち

町民が、安全で安心して暮らしていくことができるよう、住宅環境の整備では、土地区画整理事業や公共下水道事業などを実施いたしました。また、道路の安全を確保するために道路整備計画に基づき、街路事業や道路整備事業を計画的に進めています。今後は、明るく安全な街並みを進めるため、街路灯のLED化を進め、町営住宅の建設を促進するとともに民間アパート建設促進事業を支援し、定住人口の増大に努めていきます。

また、過疎化・高齢化により乗車者数の減少が著しい農村地区の、路線バスの今後のあり方を検証する地域公共交通確保対策については、一昨年から町内でデマンド型交通を用いた実証試験を行い今年が最終年となっております。今後は、町の実態に適した交通手段を確保していきます。

◇健全財政と協働のまち

町民と行政が共に手を携えてまちづくりを進めていくため、今年1月日に町の憲法となるまちづくり基本条例が施行されました。この条例の策定に当たり、2年間の歳月をかけ延べ32回の会議を開催し、まちづくりの理念や、町民、議会、行政それぞれの責務や役割などが定められました。条例の理念を周知するため、各地域で行われた説明会では策定委員自ら説明役を買って出るなど、委員さんの情熱が入ったものとなり、まちづくりに対する熱意に深く感銘したところです。また、本町では、平成18年から町職員が担当の行政区に入り住民活動の問題解決やアドバイスなどを行う地域サポーター制度を取り入れ、地域コミュニティの推進を行っています。

   

ふるさとまつり

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終わりに

9月上旬に発生した台風12号は、私達の母村奈良県十津川村をはじめ紀伊半島を中心に記録的な豪雨となり、平穏な暮らしを営んでいた多くの方の尊い命や生活拠点を奪いました。犠牲になられた方々に衷心よりお悔やみ申し上げます。また、3月に東北地方を中心に発生した東日本大震災で、全国各地に避難生活を余儀なくされている皆様にも心からお見舞い申し上げます。

この度の台風被害や東日本大震災による集団避難の模様は、本町の先人が、122年前の十津川郷で発生した未曾有の豪雨による集団移住を彷彿するものであり、被災された皆様のご心情を察するに余りあるものがございます。

先人達は、新天地に向かう時に様々な人たちから物心両面によるご支援を受け「皆さんからの温かい励ましに応えるためにも、新村を開拓する意思を強くした。」と聞き及んでいます。この度の被災者の皆様には、多くの人たちからの温かいエールを心の糧として、皆なで支え合い一刻も早く平穏な暮らしがもどりますよう心からお祈り申し上げます。

近年の急激な社会情勢の変化と相まって、人口減少や少子高齢化など様々なまちづくりの課題を抱えています。しかし、本町を開拓し、今日まで導いてくれた先人に感謝し、町民の輝く笑顔を守るため、常にスピード感を持ち、創造と挑戦をスローガンに「元気あふれるまちづくり」を積極果敢に進めていこうと考えています。

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