全国町村会

世界自然遺産推薦地

 [写真提供:小笠原村]

2744号(2011年1月10日)
東京都小笠原村

初めに

小笠原村は、本土から約1,000q離れた亜熱帯の島です。交通手段は1週間に1回定期船である「おがさわら丸」が竹芝から出港しています。到着までの時間は約25時間かかり、船旅としても楽しめます。

ザトウクジラ

人口約2,500人、大小30余の島々から成り立っている小笠原村は、気温の年較差が少なく、一度も陸続きで繋がっていない海洋島なので、世界でも有数の透明度を誇る海に囲まれ、固有の動植物が数多く生息する自然の宝庫です。

主な産業は、観光業や漁業、農業などで成り立っています。観光業でも、海や山、戦跡ガイドなど様々なサービスがあり、自分にあったガイドを選ぶとより楽しめます。

12月〜5月にかけてザトウクジラやマッコウクジラを見ることができ、ホエールウォッチングや、イルカと一緒に泳げるドルフィンスイムが人気です。

海だけではなく、山にも小笠原にしか生息していない植物があり、季節ごとにも違う花が咲くので見てみたい花を調べてから来るのも楽しいです。

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歴史

小笠原諸島は2593(文禄2)年、信州深志城主 小笠原長時の曾孫、小笠原貞頼によって発見されたと伝えられています。人が最初に定住したのは江戸時代後期の1830(文政13)年、欧米人とハワイの先住民でした。その後、江戸幕府や明治政府の調査、開拓により1876(明治9)年には、国際的に日本領土として認められました。

母島 乳房山より

大正後期には、亜熱帯気候を生かした果樹や冬野菜の栽培が盛んになり、漁業ではカツオ、マグロ漁に加え、捕鯨、サンゴ漁などを中心に栄え、人口も7千人余を数えるなど小笠原の最盛期を迎えました。

豊かで平和な島「小笠原」は、太平洋戦争により大きな転機を迎えることになります。昭和19年、戦局の悪化により、軍属等として残された 825人を除く全島民6,886人が本土へ強制疎開させられました。

敗戦により、小笠原は米軍の占領下に置かれることになります。昭和21年、欧米系の島民に限り帰島を許されましたが、他の大勢の島民は故 郷への帰島は許されず、慣れない土地での苦しい生活を強いられることになります。

昭和43年6月、23年間という長い時を経て、小笠原諸島は日本に返還され、島民の帰島がようやくかなうことになりました。

昭和54年4月には村政が確立し、自然と共生する村を目指して、あたらしい村づくりが進められています。

太平洋戦争時、国内(現在の)最初の地上戦となった硫黄島では、壮絶な戦いの末、日本軍が玉砕し、日米両軍合わせて2万余名もの尊い命 が失われました。小笠原諸島返還後も、火山活動などによる自然条件が厳しいとの理由により、硫黄島への帰島は実現していません。現在は、自衛隊基地及びその関係者だけが在島しています。

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硫黄島(いおうとう)

硫黄島は父島から南に約280qの所にあり、北硫黄島、南硫黄島とともに火山列島を構成しています。

硫黄島 擂鉢山

昭和19年戦争の激化により、豊かで平和だった硫黄島は、本土防衛の最前線となり、島民は強制疎開を余儀なくされてしまいました。

戦場と化した硫黄島は日本軍21,900名、米軍6,821名島民の軍属82名が戦死しました。今現在も硫黄島には多くの遺骨が眠っています。

いち早く遺骨を本土に戻すためにも小笠原村では、厚生労働省が年4回実施している、遺骨収集事業に参加しています。米軍の資料や様々な 証言を頼りに作業を行っていますが、未だ半分も見つかっていないのが現実です。

今後も国や関係機関と協力し、1日も早いご遺骨の帰還に向けて努力していきます。

映画「硫黄島からの手紙」が反響を呼び多くの方に硫黄島の事を知っていただけました。

硫黄島は戦前から「いおうとう」と呼ばれていましたが、さまざま経緯で「いおうじま」という読み方が一般に広まってしまいました。硫黄 島旧島民の強い要望に応え、村議会で決議され、平成19年に地図や、教科書の読み方を「いおうじま」から「いおうとう」に変更することができました。今後硫黄島を「いおうとう」と呼んでいただきますようお願いいたします。

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特産品

小笠原の特産品は「ラム酒」と「パッションリキュール」です。 

小笠原特産品 ラム酒

「ラム酒」は1830年、小笠原に初めて定住した欧米系5名とハワイの先住民約20名の中の一人、ナサニヨル・セーボレーが、当時、太平 洋に進出していた米国などの捕鯨船との間で、サトウキビから蒸留したラム酒の取引を行っていました。彼の出身地、米国マサチューセッツ州にもラム酒の蒸留所があったと言われています。小笠原諸島が日本領土となってからは、開拓移住民がサトウキビから砂糖を製造し、主要な農作物として発展しました。その副産物としてさとうきびを原料とするラム酒が作られるようになりました。 

このような国内でも特異な歴史を背景に、小笠原の地酒「ラム酒」が誕生し、現在に引き継がれています。「パッションリキュール」は、このラム酒に小笠原特産のパッションフルーツの果汁を加えた、ソフトタイプの爽やかな地酒です。

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自然遺産への取り組み

平成22年1月26日に、小笠原諸島の世界自然遺産登録への推薦書が日本政府から国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出されました。平成22年7月には世界遺産委員会の諮問機関である、国際自然保護連合(IUCN)専門家を迎えて、評価を受け、世界的価値観を認められれば、 平成23年7月の世界遺産国際会議で登録の可否が決定されます。

世界自然遺産に登録されるためには、「自然景観」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の4つの基準のうち、1つ以上に合致することが必要で、小笠原は、「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の3つに合致するものと考えられています。

小笠原村では、自然遺産登録へ向けたロゴマークを作成し、父島・母島の船客待合所や村役場に掲げられている横断幕、村営バスや官公庁などの車等に使用しアピール活動を行っています。

このロゴマークには、小笠原諸島に生命をもたらした海・風・鳥などをバックに、小笠原のさまざまな固有種や希少種が描かれています。

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外来種の駆除

外来種とは、人為的、または、輸入木材などに混ざり、持ち込まれた動植物のことです。動物ではノヤギやグリーンアノールなど、植物ではアカギなどが代表に上がります。これらは、貴重な植物や小笠原にしか生息していない虫などを食べてしまい、繁殖力が強く、固有種が絶滅の危機にさらされています。

この対策として、小笠原ではノヤギの駆除やアノールネットの設置、アカギの伐採など様々な対策を行っています。元々は、食用や木炭のために持ち込まれたものですが、時代が変わり使用されなくなり、悪者になってしまいました。

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複合施設「太陽の郷」

「太陽の郷」

「太陽の郷」は、この春に父島に完成した診療所と有料老人ホームが一つになった、複合施設です。老人ホームは村内で初めてで、唯一の高齢者介護入所施設です。

名前である「太陽の郷」は小笠原村民の方の投票で決定しました。長い間親しまれる良い名前がつきました。 42年前に日本に返還された島に戻り、島の復興を支えた世代が老境を迎えています。

今までは、本土にいる家族と同居したり、内地の介護施設などに入所したりと、島から離れなければなりませんでした「故郷の島で最期まで暮らしたい」という願いを叶えるためにも、大いに期待している施設です。

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母島

母島は、父島から南に約50q、船で2時間の場所にあります。本土からの直接の船便がないため、父島で「ははじま丸」に乗り替える必要があります。 

ハハジマメグロ

人口約450人の島で、みな知り合いであり島民同士の結びつきはとても強いものがあります。母島には、警察駐在所や、簡易郵便局、商店などあり一つの町と変わりありません。高校が無いため、高校進学の際は、故郷である島を離れなければなりません。父島の小笠原高校には、母島出身者専用の宿舎も用意されています。

乳房山は標高463m父島母島で最も高い山です。遊歩道で一周回るコースでは4時間かかりますが、その間の多くの固有種の植物や、母島に しか生息していない特別天然記念物の「ハハジマメグロ」などの生物を見ることができます。登頂される際は、母島観光協会でキット(300円)を購入して頂くと登頂記念証を発行してもらえます。名前や登頂日も明記されるので、自分だけの記念品になります。

特産品でも紹介したラム酒とパッションリキュールは母島に製造工場があります。

夕日を見るなら、新夕日ヶ丘がオススメです。名前にもなっているとおり、時が経っているのを忘れてしまう程の絶景を見ることができます。父島のウェザーステーションとはまた一味違う夕日を楽しんでください。

母島 新夕日ヶ丘より

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終わりに

小笠原では現在早期の航空路の開設や、来年7月に発表される世界自然遺産登録に向けて準備を進めています。航空路が開設されれば、物資の運搬や、本土との移動時間を短縮することができ、多くの方が小笠原に来ていただけるだけでなく、島民の方も、本土の病院に通院するなど大きなメリットがあります。航空路の開設には候補地の決定など課題もあり、実現までには、まだ時間を要し ますが、安心して暮らせる村づくりのために一歩一歩確実に進めていく必要があります。

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