全国町村会

緑住文化都市を目指して
〜「幸田の三河万歳」と「深溝松平」の文化・歴史から〜

愛知県幸田町

2708号(2010年2月8日)
町長 近藤徳光

「夢のある心のかよう活力あるまち・幸田」〜町の概要

幸田町(こうたちょう)は、愛知県の中央南部に位置し、名古屋市から南へ約45q、東三河の中核都市である豊橋市より西に約30qにあり、東西・南北約10qの楕円形で総面積56.78平方q海抜5mから439m、人口37,416人(H21.12.1現在)で北に岡崎市(おかざきし)、南に蒲郡市、西に西尾市と接し周囲を市に囲まれた町です。

人口は、最近は伸び悩んでいるものの西三河地域の中で増加を続けており、本町の平成12〜17年の人口増加率は、大規模工場跡地の住宅開発、新たな土地区画整理事業等により6.5%と高い伸び率を示しています。

昭和29年1月1日に幡豆郡(はずぐん)豊坂村と合併し新生幸田町となり、今年で56年を迎えました。先の平成の大合併の中、本町は自立の道を選択し、現在も持続可能なまちづくりに努力しています。

幸田町の観光拠点、深溝松平氏ゆかりの古刹本光寺には、参拝者が絶えない

本町の地形は、東部の遠望峰山(とぼねやま:標高439m)、南部の三ヶ根山(さんがねさん:標高325.7m)が連なり扇状形をなして盆地を形成し、北西へと濃尾平野が広がっています。また、これらの谷間を流れる一級河川広田川(こうたがわ)、南部から三河湾へそそぐ二級河川拾石川(ひろいしがわ)等があります。なお、平成20年8月末豪雨で広田川の堤防が決壊し甚大な被害を受けた地区はこの低地の中心であります。

気候は、温暖で年間を通して快晴の日が多く降雪は極めて少なく、平均気温は16度、平均月雨量は112oです。

特産物は、江戸時代後半から農家の庭先で栽培が始まった「筆柿」が全国シェア95%を占めています。実が細長で筆の穂先の形に似ていることからこう呼ばれています。この筆柿は、一本の木に甘い柿と渋い柿がなる特性があり、他の地域で育てようとすると大半が渋柿となりますが、幸田町では、甘柿の比率が高いことから、昭和41年頃から盛んに栽培されるようになりました。その他にもイチゴ(高設栽培)や一年中出荷している長なす(ハウスなす)があり、果樹では、みかん、梨、桃、ぶどう等一年を通じて豊富に収穫され全国に出荷されています。

工業部門では、昭和40年代から優良企業の誘致活動等を積極的に推進したことにより、工業都市としても著しく発展し、平成19年度の製造品出荷額等は一兆六千億ほどで県下7位と上位に位置しています。

また、商業部門では、古くからJR東海道本線幸田駅と三ヶ根駅を中心に商店街が軒を並べていましたが、近年の自動車交通の発展と郊外に大型店舗が進出したことにより、本町もご多分に漏れず閉店や空き店舗が目立ってきました。そのため土地区画整理事業により、目下駅前商店街の活性化・再生に取り組んでいます。

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「人と自然を大切にする緑住文化都市」をめざして

現在、幸田町は第5次幸田町総合計画(2006→2015)を指針に、町を取り囲む豊かな自然やこれまでに培ってきた歴史、文化そして人と人とのつながりを大切にし、新しい発想と視点のもとに「住んでよかった、住みたくなるまちづくり」を進めています。

本町の道路網は、南北軸に国道248号、東西軸に地域高規格道路の名豊道路(国道23号岡崎バイパス)が整備され、平成21年4月には道の駅「筆柿の里・幸田」が開業し利用者も大変多く賑わいをみせています。

平成23年度末の開業を目指す新駅のイメージ

公共交通では、JR東海道本線が町の南北を縦貫し、明治41年に幸田駅、昭和42年に三ヶ根駅の2駅が開設されています。また、町の福祉施策として主に移動困難者を対象に福祉巡回バスを無料で、町内全域を3ルート運行しています。

そして、現在JR東海道本線幸田・岡崎駅間に平成23年度末の開業をめざして新駅の整備を進めており、この新駅周辺の市街地と既存の2駅及び、幸田町民会館等の文化施設のあるハッピネス・ヒル・幸田周辺の交流拠点を加えた「3駅プラス1」構想によりコンパクトでまとまりのあるまちづくりを進めています。

特に、幸田町を取り巻く環境の変化、社会情勢の変化等に対応する取り組みと、快適な暮らしを維持するため、まちづくりと都市交通が一体となった施策として、「幸田町都市交通マスタープラン」を策定し、「人・まち・地球を大切にする都市交通の実現」をめざしています。

また、このビジョンを早期かつ確実に実現するために市街地整備、都市交通、住民生活等多岐な分野において、行政や公共交通機関の事業者並びに住民等の関係者が協働・連携を図りながら、総合的な都市交通として「幸田町総合交通戦略」を策定しています。この戦略プロジェクトを推進することにより、町内市街地のほとんどが駅勢圏でカバーでき、過度に自動車利用に偏重した交通体系を、公共交通を軸とした「人と自然を大切にした交通体系」へ転換していきます。

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重要無形民族文化財「幸田の三河万歳」の伝承

「幸田の三河万歳」は、毎年恒例のしだれ桜まつりでも

徳川家康生誕の地である隣接岡崎市とその周辺の三河地方に伝承されている代表的な古典芸能に三河万歳があります。江戸時代、徳川幕府の庇護を受け、正月初頭に門付けして回る祝福芸で、太夫と才蔵が一組になり、才蔵の打つ鼓の拍子に乗って祝言を述べ、滑稽な言葉のやり取りをし、舞を披露する芸能です。明治12年1月に御祝儀謡曲として諸国巡業が認められ広く人々に知られるようになりました。

幸田にこの三河万歳が伝えられたのは明治30年。当時幸田村の若者が、西尾の森下万歳の太夫の相手役となった才蔵を勤めたことが発端で、国の安泰、五穀豊穣、無病息災を祈願して回ったことにより始まったと言われています。

昭和52年に、三河万歳の保存と進行のため幸田町三河万歳保存会が結成されました。その後、昭和57年3月には愛知県の無形民俗文化財に指定され、このことにより、保存会では後継者の育成に逸走の力を注ぎ、昭和58年に幸田町立中央小学校に三河万歳クラブが創設されました。こうして手まねと口伝による鼓打ち、舞い等の指導が始まりました。そして、平成7年12月には地道な活動が広く認められ、国の重要無形文化財指定を受けることとなりました。

国の指定を受けてから「幸田の三河万歳」に特に目が向けられるようになり、全国からお呼びがかかるようになりました。

2005年の愛・地球博では、三河万歳保存会、中央小学校三河万歳クラブが会場で三河万歳の披露をしました。愛・地球博の大舞台に立つことで、例年にも増して練習に身が入り、子どもたちにとってこうした大舞台での出演は、後世に継承する意識が根付くきっかけとなり充実感とともにかけがえのない財産となったようです。

一番よく見かける万歳が「御殿万歳」で、初めに“鶴は千年亀は万年目出度く申す”という祝詞に始まります。最もありがたいとされる柱立ての祝詞「十三柱の神様(じゅうさんばしらのかみさま)」を読み上げ、次にお正月の飾り物遊び事を舞い上げ、最後は七福神の神様にあやかるよう、お互いの幸福を幾久しくお祈り申し上げる万歳であり、敬老会や、幸田町文化発表会などで演じられ、広く町民に親しまれています。

また、甲田の三河万歳は独特の「数え歌」が伝承されており、この「数え歌」は全国どこを探してもなく、幸田町三河万歳保存会の先駆者たちが、精魂込めて創り上げた万歳で、壱から十までの祝詞等を詠み上げる数え歌です。

幸田町では、このような国の重要無形民俗文化財に指定されている「幸田の三河万歳」の保存活動に今後も力を注ぎ、後継者育成等に積極的に支援していきます。

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三河武士「深溝松平氏」の歴史的遺産

平成20年8月末豪雨は、幸田町で最大時間雨量116o、総雨量404oを記録しました。本町の基幹河川である広田川の堤防が約80mに渡って決壊しおよそ200haが浸水、総被害額8億9,200万円というかつてない甚大な被害を被りました。徳川家康ゆかりの三河松平氏の一つである深溝(ふこうず)松平家墓所がある深溝・本光寺の東御廟所も被災しました。豪雨により大きく傾いた第7代松平忠雄公の墓塔を修復するにあたり、本光寺・本光寺東御廟所調査会にて平成21年3月から5月まで学術的な発掘調査が実施されました。

深溝松平家は、第6代松平忠房公から長崎島原藩主となって幕末に至る家柄で、深溝松平の家伝に基づき、当主は先祖発祥の地に葬られ、深溝・本光寺には初代から19代までの藩主が葬られています。

この発掘調査の結果、地下約2mの深さに床及び四方を石で囲む埋葬用の石室が確認され、内部に六角形の棺や副葬品が多数出土し大変な話題を呼ぶこととなりました。

主な出土品は、太刀及び刀、鏡、石帯、香道具、化粧道具、印籠、銀製ポット及び銚子、真鍮製椀、蒔絵箱、文房具、海外製グラス、メガネ、小判、一分金で、方形の石室に六角形の木棺を納める形式は全国的にも類例がほとんど無く、豊富な副葬品は、質・量ともに圧巻で、特に、小判43枚、一分金117枚は格段に多く、石高に比例しない副葬でした。

松平家墓所から発掘された小判と一分金

近世の譜代大名の墓所として愛知県下では初の考古学的手法を用い、調査学術的成果として埋葬状況が明らかとなりました。副葬品の多様さから、被葬者の豊かな日常生活が偲ばれ、過去の文献史料で語られる以上の忠雄公の幅広い趣味の世界も明らかとなりました。そして、数多く副葬された西欧的な遺物は忠雄公自身が使用していた可能性が高く、島原藩主として長崎の監督を務めたという立場が関係していると考えられています。このような大名墓の主体部までの学術調査事例は全国になく、極めて重要と言われています。

幸田町として、出土した副葬品を後世に残していくための保存対策と国の文化財への指定に向け、本光寺深溝松平家東御廟所を含む全域の保存整備を支援していきます。

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次世代へ引き継ぐ幸田町の遺産

豪雨災害を乗り越えて凧揚げまつりも復活した

これら古典的な伝統芸能や歴史的な文化遺産を次世代に確実に引き継ぎながら、「夢のある、心のかよう、活力あるまちづくり」を積極的に推進していきます。

そして、少子高齢社会や地球環境を考える中で、移動が容易でない人も公共交通等により皆が便利で移動しやすくなることで低炭素型社会を実現できることにもなり、このような「人と環境にやさしいコンパクトなまち・緑住文化都市」を形成していくことが、幸田町の次世代を見据えた重要な成長戦略となるのではないでしょうか。

そんな思いを込め「夢と活力があり持続可能な町」として発展するよう、町民の皆さんと協働してまちづくりに取り組んでいきます。

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