全国町村会

水と緑、暮らしがとけあうまち なかがわ
〜キラリと光るまちづくり〜

福岡県那珂川町

2705号(2010年1月18日)
町長 武末 茂喜

本町の概要

本町は、福岡県の西部にあって福岡市(ふくおかし)の都心部から13qに位置し、東部は春日市(かすがし)、大野城市(おおのじょうし)、筑紫野市(ちくしのし)、北部と西部は福岡市に接しています。また、南部は佐賀県境となる脊振連山に囲まれ、ここに源を発し博多湾に注ぐ那珂川が町名の由来であり、町のシンボルとなっています。

町制を施行した昭和31年、人口は8,948人でありましたが、福岡市南部に接する地理的な利便性や昭和40年代に実施した大規模な区画整理事業、平成2年4月に全国で初めてとなる新幹線回送列車を利用した「博多南線」の開通など、都市基盤の充実もあり、人口は49,723人(平成21年12月31日現在)まで増加しました。  

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「住んでみよう那珂川町」

人口が、市制要件である5万人までわずかとなったことから、町では、さらに地域性を活かし、これまで以上に魅力あるまちとするために市制施行を目指すこととし、人口5万人突破に全力を注いでいます。

市制施行によって福祉事務所の開設が可能となることなどから、町では、市制施行のメリットの一つに福祉サービスの向上を掲げています。

福岡市内と町の間を、市制施行をPRするラッピングバスが走る。

しかし、近年、全国都市部で行政課題となった保育所待機児童問題は、本町も例外でなく、人口増加を図って市制施行を目指す本町にとっては、喫緊の課題となっています。このため、公立保育所の民間移譲にあわせた保育所建設や既存保育所改築による定員拡充、保育所分園の設置など、その解消に全力で取り組んでいるところです。

また、人口増加に拍車をかけるため、広報紙、ホームページはもちろん、下記のPR活動を行っています。

・町が主催・共催する各種イベントでのPR活動

役場庁舎にも懸垂幕を掲示し、人口増加を促す。
・福岡都心部と町を結ぶ路線バスに、市制施行のキャッチコピー「暮してみたいな那珂川町」「住んでみようよ那珂川町」を表記したラッピングバス運行によるPR活動
・町公用車に「目指そう市制 人口5万人!」を表示したPR活動
・ 役場庁舎などの公共施設に「町から市へ 人口5万人突破宣言」「オアシスなかがわを目指そう 市制施行 那珂川町」と表記した懸垂幕・横断幕の掲示によるPR活動

これらのPR活動の効果もあって、人口は微増ながら増加しており、平成22年の国勢調査の1年前となる平成21年9月30日現在の人口は49,702人となり、本年10月には5万人に達する見込みとなりました。

しかし、これまでの国勢調査では、居住人口が住民基本台帳人口を下回っていることから、今後は、より正確で確実な国勢調査の実施についても併せて取り組んでいくこととしております。

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文化を活かした町づくりの取り組み

町は三方向をお茶の発祥地として知られる脊振山から延びる山々に囲まれ、平野部は福岡市と接する全面積の3分の1程度となっています。東西には古都大宰府へ通じる「宰府道」、南北には歴史の道百選である「肥前・筑前街道」が貫通し、古代から交通の要衝として栄えてきました。文化財は福岡平野で最古級の前方後円墳である安徳大塚古墳、元寇の役で九州武士団の総大将として活躍した少貮景資(しょうにかげすけ)の居城「岩門城」をはじめ数多くのものが存在しています。また、人物では江戸時代に櫨(はぜ)栽培を研究し多くの農民を救った農学者 高橋善蔵や国士舘大学の創始者 柴田徳次郎、戦前より議会民主主義実現に全霊を捧げた元朝日新聞主筆 高原蟹堂など、多くの先達も輩出しています。以下、代表的なものを幾つか紹介します。

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安徳台

安徳帝が仮御所を営んだと伝わる「安徳台」

安徳台は約10万平方mの台地で、約9万5千年前に流れ出した熊本県阿蘇山の火砕流により造られています。「源平盛衰記」にある、都を追われた安徳天皇が親戚にあたる原田種直を頼り仮の御所を設けたのがこの台地といわれており、周囲には安徳天皇にまつわる地名や伝承が多く残され、「安徳」という地名の由来にもなっています。また、これまでの発掘調査の結果、弥生時代・飛鳥時代・中世の遺跡が見つかっていますが、なかでも弥生時代の遺跡からは、豪華な品々を副葬した首長の墓や中期では日本最大級の住居跡が見つかっており、「金印」で有名な奴国の拠点的集落の一つであることが分かりました。

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裂田溝(さくたのうなで)

裂田溝は全長5.2qの人工の用水路で、「日本書紀」によると、『神功皇后が身を守ってくれた神様に感謝し、田へ水を通すために切り開いた』とあります。名前は、『溝を掘り進むと大岩が立ち塞がり邪魔をした。そこで皇后は家臣の武内宿禰(たけのうちのすくね)に命じ、岡に登らせ鏡と剣を天の神様に祈らせたところ、雷鳴とともに雷が大岩を砕き完成した』ことに由来するとあります。また、天の神様に祈った場所が先ほど紹介した安徳台で、ここでは雷鳴に因み迹驚岡(とどろきのおか)と記されています。造られた時代は特定できていませんが、「日本書紀」に記載された様々な記録のなかで場所を特定できる数少ないものであり、千数百年の時を超え今なお当時の姿を残しながら当初の役割を果たす貴重な文化財です。

平成18年2月に国の疎水百選に選定され、遊歩道整備が完了した昨年4月以降は、多くの方々が歴史散策やウオーキングなど様々な目的で利用されています。

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岩戸神楽

7月14日に山田の伏見神社で行なわれる祇園祭で奉納されます。起源は分かりませんが江戸時代には社家神楽として舞われ、明治時代に神職による神楽座の廃止とともに近隣で次々に神楽が消えていくなか、「文化を守り後世に伝えたい」という地元の方々の強い意思で「珍楽社」という保存団体が立ち上げられ現在に至っています。現在は「岩戸神楽保存会」と改称されていますが、100年以上の歴史を持つ郷土の誇りでもあります。舞は全部で18 番あり、「荒神」や「問答」では鬼が勇壮に駆け回ります。この鬼に抱かれた子どもは元気に育つと伝えられ、町外からも健やかな成長を願う親子連れが多く訪れます。現在は継承活動とともに小学校で神楽の学習も行なわれており、その成果は祇園祭で子ども神楽として紹介されています。昭和29年には福岡県無形民俗文化財の第1号に指定され、江戸時代から受け継がれる道具一式は町有形民俗文化財に指定されています。

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流鏑馬

古式ゆかしい装束に身を包んだ射手が馬上から矢を放つ「流鏑馬」には迫力がある。

流鏑馬は、現人神社(あらひとじんじゃ)で10月の第3日曜日に行なわれる五穀豊穣を神様に感謝するお祭り「おくんち」の際に奉納される神事です。神社の起源は定かでありませんが、神功皇后が建立したとされ、先ほど紹介した裂田溝はこの神社の神田に水を引き入れるために造られたと伝えられています。祭神は海や航海の神様をお祭りし、全国的に有名な住吉神社はこの神社の分かれと言われています。

流鏑馬は鳥居前の参道で行なわれ、古式ゆかしい装束に身を包んだ射手が、参道に設置された3枚の的を次々に矢で打ち抜いていきます。打ち抜かれた的は無病息災や厄除けのお札として、打ち抜かれた的にめがけて参拝者が一斉に押し寄せます。また、当日は小学生による奉納相撲大会も行なわれ、終日多くの人たちの歓声や拍手が神社に鳴り響きます。

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まちづくりへの活用(なかがわ見聞録)

町では、先祖から受け継いだ様々な文化財を宝と考え、活用と共に未来へ伝えることを目的に平成14年度「那珂川町文化財保存整備基本計画」を策定しました。計画は当時主流であった学術的に価値が高い史跡に対する点的な集中整備による活用や、貴重な資料だけを博物館などで公開するのではなく、地域に残る各種文化財をその場で活かし、地域そのままを博物館に見立て活用していくという「エコミュージアム」の手法を取り入れました。また、「那珂川町文化財」という新たな視点を設け、歴史的に価値があるものイコール文化財という通有の枠を取り外し、神社仏閣や小さな祠など地域の人々によってこれまで大切に守られてきたものも対象とし、新しい視点から様々な資源の価値付けを行ないました。また、計画では情報発信の中心をコア、各地域をサテライトとして導線で結び、同時に河川や動植物など各種テーマに沿ったコースを策定しました。その後、基本計画の具現化に取り組み、平成18年度から3年計画で「那珂川町文化財散策ルート整備基本計画」を策定しました。策定にあたっては庁内での検討は勿論のこと、全職員に周知を兼ねた講習会とともに、コース上にある各区で説明会を開催し協力依頼を行ないました。また、各種団体や識者からなる検討委員会による論議を重ね、それぞれの地域の特性を活かした6つの散策コースの設定とともに、平成20年度には各コース上に誘導版や説明板の設置と散策マップを作成しました。本年度、いよいよ活用が始まりましたが、当初、広報や各施設で周知を行なったものの、どれほどの人たちが訪れて来てくれるか不安でした。しかし、評判が口コミで広がったのか、町外からも多くの人たちが訪れ、NHKの文化講座など公私を問わず様々な人たちに活用されています。1万部作った散策マップは半年足らずで2千部を切り、地域の方々の提言で来年度は小中学校での教材として活用することを検討しています。

神功皇后が切り開いたと伝わる「裂田溝」には遊歩道が整備され、多くの人の散策の場となっている。

これまで、行政としての取り組みを紹介しましたが、散策ルートの策定にあたりとてもうれしい出来事がありました。それは、「歴史ガイドボランティアなかがわ」の発足です。『町の様々な可能性や資源を掘り起こし、文化を活用したまちづくりを行なう』をスローガンに掲げ様々な活動を続けている文化協会が発起人となり、平成18年6月に立ち上げました。郷土史研究会の協力で人材育成を行い、現在では一人ひとりが創意工夫を凝らした素晴らしい説明を行なっています。今年は町内外の約1,000名の来訪者に案内や説明を行い、感謝の手紙も多く届いています。「住民協働で町を活かす」これを足がかりに、誰もが気軽に訪れ地域に溶け込む、そんなまちづくりができればと考えています。

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