全国町村会

むらの誇りを創造する「日本1/0村おこし運動」はいま

鳥取県智頭町

2703号(2009年12月21日)
全国町村会広報部 片岡志穂

鳥取県東南、岡山県との県境地帯に位置する鳥取県智頭町(人口8,424人)。町面積の93%を山林が占め、主産業である林業の歴史は古く、「杉のまち智頭」とも呼ばれている。周囲を1,000m級の山々に囲まれたこの中山間地域では、平成9年度から「日本ゼロ分のイチ村おこし運動」と呼ばれる、「物言う住民をつくる運動」を展開してきた。
本誌2287号(平成11年9月27日付)においても、この運動が制度化されてから2年を振り返り、成果や課題が紹介されている。もと もとは、少子高齢化・過疎化が進む中で、地域全体に漂う閉塞した状況を何とかしたいと住民側から動きが始まったゼロ分のイチ運動。制度化から12年を経て、地域は、そこに住んでいる人たちはどのように変わったのか。地域の新しいあり方を模索しながら、自立した地域を目指し歩んできた関係者に取材をした。

「草の根」からの自治運動

「ゼロ分のイチ村おこし運動は、十数年前に那岐(なぎ)郵便局長の寺谷さんが企画して役場に持って行った。」

鳥取県智頭町の日本ゼロ分のイチ運動(以下「ゼロ分のイチ運動」)は過疎化・高齢化が進み、小さな祭事さえできない集落が出現、そんな地域の現状に強い危機意識を持った住民側から生まれた運動だった。智頭町のまちづくりに平成4年から関わる杉万俊夫京都大学大学院教授は、冒頭の言葉に続けて、次のように言う。「ゼロ分のイチ運動は、住民が自分たちで10年後のビジョンを描いて、自分たちでアクティブに動いていく物言う住民をつくる運動である。」

姫路と鳥取を結ぶ因幡街道(智頭往来)、街道沿いには宿場町が続くが智頭は鳥取県内最大の宿場町だった。

智頭町ゼロ分のイチ運動が制度化される、その土台をつくったのが、それまでの15年間にわたる、民間の智頭町活性化プロジェクト集団(Chizu Creative Project Team 略してCCPT)の活動であった。会社経営者、研究者や役場職員がメンバーであった、この集団の中心的人物の1人が冒頭の寺谷篤那岐郵便局長だ。寺谷氏はもう一人の中心人物、製材所を経営するM氏とともに、CCPTを軸に、ログハウス群の建設や、人材育成のための、杉下村塾(さんかそんじゅく)と呼ばれる研究者を交えた勉強会など数々の活性化事業を実現していく。彼らの活動は当初周囲になかなか受け入れられず、「住民は無視し、行政は握りつぶそうとした」(杉万教授)という。

しかし、マスコミや研究者など外部が評価し、周囲の目も次第に変わっていく。こうした中、平成8年に智頭町役場と寺谷氏をはじめ住民を交えたプロジェクトチームが発足、大議論の末、ゼロ分のイチ運動の企画が生まれた。 

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村おこしは自らの手で その取り組み手順とは

ゼロ分のイチ運動とは、村おこしを住民自らの意欲ある1歩でやっていこうという企画である。寺谷氏は語る。「自分たちが計画して自分たちの地域を見つめ直していく。まさに自己覚醒であり、地域の資源の発掘・発見をする運動。」だと。その目指すところは、村に住み「誇り」を創造することにある。

杉玉が飾られた、趣ある街並みが続く

具体的な取り組み手順は次のようなものだ。

運動に参加したいと考えた集落は、10年後の集落の姿を描き、それを実現するための計画を立てる。同時に集落振興協議会の設立と規約の制定を行う。この規約には必ず、全家庭が毎年5千円以上を負担して全住民で運営すること、活動の柱を@交流・情報A住民自治B地域経営の3項目とすること、自らの責任によりボランティアで活動することを定めなければならない。これらの条件を加味して計画策定した集落について、町が審査し、ゼロイチ参加を認定したところに対し、10年間で合計300万円の助成を行う。このお金の使い道はハード事業(施設整備や備品購入)ではなく、文化の伝承事業や視察などのソフト事業に限られる。

因幡街道、智頭宿の中心的な存在であった石谷家。大正8年から昭和4年にかけて建てられた建物群はこの10月に国の重要文化財に指定された。

「自分たちで計画をつくるというのはものすごい強制的なことです。運営の仕方、会議の仕方、規約もそれに載らないものはダメですよということにしました。」と企画立案をした寺谷氏。こうした厳しい条件をクリアし運動にこれまで参加したのは、町の89集落のうち、16集落であり、現在そのうちの9集落が10年の助成期間を終えている。

それではゼロ分のイチ運動に参加することで、地域の、あるいは住んでいる人々のなにが変わったのだろうか。

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むらの価値を甦らせ 1人ひとりを輝かせる

ゼロ分のイチ運動が始まる6年前、平成3年から大阪府いずみ市民生協との交流事業を行ってきた新田集落では、平成9年ゼロイチ開始と同時に参加の名乗りをあげた。以来人形浄瑠璃の保存伝承や月1回開催される著名人を呼んでの「カルチャー講座」といった事業を展開。2年前に助成期間が終わった同集落でパン屋を営む早瀬勲さんはゼロ分のイチ運動をこう評価する。

「ゼロイチをやってみてうちの集落はこういうところがいいなとか、こういうところは直さないといけないんだなとか、いろいろ分かってくる。」

運動をやると決めた集落は、10年後の集落の姿を描く際、自分たちの住む地域を歩くという。

「集落を隅から隅まで歩いてね、ああこんなところにお地蔵さんがあったとか、こんな祠があったとか。こんな良いものが近くにあったのかというのをみんなで認め合いましょうというところからゼロイチは入っている。」とは智頭町・長石彰祐企画課長。町職員であると同時に、ゼロ分のイチ運動に参加した集落、奥西宇塚(おくにしうづか)の住民でもある。奥西宇塚では地域経営事業としてヤーコン茶や日本茶の販売に力を入れている。2人の言葉から運動は自分たちの地域には良いものがあるという気づきの、1つのきっかけになっていることが分かる。

集落へ車が入った歴史がなく、昔ながらの地割りが残っている板井原(いたいばら)集落。日本の山村集落の原風景と言われる。

また前述した規約に定めるように、この運動に関わる活動は全住民で運営する。男性女性も関係なく、子供から大人まで出られる人が全員出るというのが大原則だ。長石課長は、ゼロイチによって一番変わったのは女性の位置づけではないかと指摘する。

「昔は男が足らない場合女でもというシステムだった。それがゼロイチをやることで、男性も女性も同じ土俵にのって一緒に話し合って決めていく。地域づくりは男ばかりじゃ絶対にできないということに皆が気づいた。女性も子供も力があろうがなかろうが、1人はひとり。」

こうして老若男女問わずに参加して行った集落の取り組みは毎年度末に行われる活動発表会で、プレゼンされる。このような場があることも、助成金を使いある程度の成果を求められるのだという、責任感と緊張感を住民の側に生み出し、また情報交換の場として、集落間の交流の場として機能してきたのだろう。

しかし気になるのが、89集落のうち、参加しているのは16集落という数である。今後のまちづくりを展開していく上でこれはネックにならないのか。町政を司る町長と役場に話を伺った。

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「自らの地域は自らの手で」芽生えはじめた自治意識

「ゼロイチは智頭町の基礎、どこの町にもないようなしっかりした土台を作っていると思う。」 と評価するのは寺谷誠一郎町長だ。町にある6つの小学校を今後1つに統合する予定だが、廃校となる学校の活用方法について各地域で考えるように促しているという。その時、普段ゼロ分のイチ運動をやっているところはよしきた、やろうと呑み込みが早く、文句も出ない。一方、ゼロ分のイチ運動の経験のないところはそうもいかず、町が何とかしてくれるという意識が強いという。

ゼロイチに参加していない集落は73集落。行政側としてはゼロイチをやっていない所でもいずれ参加してほしいとの思いがある。しかし、「やはり住民が危機感をやってもらわないことには。行政からやりなさいと尻を叩くことではない。」と長石課長は頭を悩ませる。もちろん、これからでもゼロイチに参加したい集落があれば支援をする予定ではあるが、今のところ参加集落が出てくる兆しはないようだ。

ゼロイチ参加の五月田集落が販売している加工品の品々。栃ようかんは町外にファンも。

一方、「過半数を変える必要はない。2割で変わるのではないか。」と評価するのは、杉万教授だ。今から3年前、ゼロ分のイチ運動について住民対象にアンケート調査を行ったところ、参加した住民のうち3割が自分を生かせる場になったと回答。また、大呂(おおろ)佳己教育課長は「89集落全部一律という施策はない。この運動は意志があって初めてスタートするものであり、自分たちの地域は自分たちでどうにかするという意識は芽生えたと思います。」と語る。

この数をどう捉えるかは意見は分かれるところだろうが、少なくとも数値だけでは測れない、目に見えない効果が住民の意識を変えつつあることは誰もが確信している。そして、智頭町では10年に亘って育ててきた自治意識の芽を大きく育てていこうとする動きが、既に行われている。

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「集落」から「地区」へ その進化の形とは

「ゼロ分のイチが進化した」(寺谷町長)試みが始まっている。智頭町は昭和十年山形(やまがた)村との合併を皮切りに、那岐(なぎ)村、土師(はじ)村、富沢(とみざわ)村、山郷(やまさと)村の旧村を合併し現在に至っている。町では協議会の範域を集落単位から、この旧村まで広げ、旧役場を拠点に福祉や教育など幅広い問題に対応できる地区振興協議会を立ち上げた。ゼロ分のイチ運動が企画された段階で、既に地区版の構想も含まれていたというが、それは「町が取り組んできた集落からの草の根運動を地区版まで拡大した、地区ゼロイチ」である。(大呂課長)

山形地区共育センターで毎月1度開かれる「誕生日会」。地域内外からの交流の場。

2年前に山形地区と山郷地区で地区振興協議会を設立。それぞれの地区には京都大学の先生が一名ずつ入り、「アンケートもとり、住民のニーズがどこにあり、どういうことをしてほしいのか、具体的に捉えてからスタート」(國岡まゆみ企画課企画室主査)しておりそれぞれ「福祉と共育」、「防災」などをキーワードにしたまちづくりを進めている。山形地区では、取材した日も開催されていた「お誕生日会」を月1度開催、地域内外の人の活発な交流の場が形成されていた。

「地区と集落では質が違う。良い意味での政治性がある。」

と杉万教授は指摘する。集落単位では解決できないような大きな課題を、校区という広い単位を見渡して考えていくこと。これには住民だけなく、行政の力も必要となってこよう。その点、地区振興協議会では、副会長に役場の課長級職員が参画することとし、「行政と協働しながら地域の課題を解決していこうというものです。」と、ご自身、山形地区振興協議会の副会長である大呂課長は期待を込める。町内では、今のところあと1つの地区で、振興協議会が立ち上がる予定という。集落版のゼロ分のイチ運動でやってきたことを「ゼロに帰するのか、それともイチを守っていくか」(大呂課長)、地域の生き残りをかけた取り組みは、第2段階に入ったと言えるのではないだろうか。

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ボトムアップの「住民自治」 今こそ協働のとき

地域に住む住民の側から始まった数々の運動は住民や行政を巻き込み、そこに住む人々の意識を変えてきたと言えよう。地域を活性化させるには「軸を見いだせばよい」と杉万教授は語るが、智頭町の場合、住民自治を軸に活動して、全国でも希なボトムアップの形で地区振興協議会のような組織を立ち上げた。

集落ゼロイチには行政はほとんど関わっていないとある役場職員は語ったが、地区振興協議会も立ち上がり、今後は住民と行政とが協働していく形で、まちづくりを進めていくこととなった。自分たちの地域のことは自分たちの手で何とかするという意識を持った住民の力を生かし、育まれた住民自治の土台を智頭町は役場としてどう生かしていくのか。今こそ行政の力が問われている。

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