全国町村会

「熊野ブランド」確立への道
〜筆がつなぐ人と心〜

広島県熊野町

2677号(2009年4月20日)
総務課 南崎幸恵 

筆と熊野町の関わり

熊野町(くまのちょう)は、国際平和都市である広島市、戦艦大和で知られ、造船、鉄鋼など、瀬戸内に有数の臨海工業地帯として、広島県の産業を牽引してきた呉市(くれし)、国際学術研究都市を目指し、酒都西条としても知られる東広島市を頂点とするトライアングルのほぼ真ん中に位置する。人口2万6千人、面積約34平方キロ、標高230メートルの盆地状を成す広島県中南部の町である。

熊野町は、平成20年10月に町制施行90周年を迎え、平成の大合併が進む中で単独町制を選択した町である。この熊野町を特徴づけているのが、江戸時代末期から伝わる「筆作り」である。

筆の里工房筆の里工房には『世界一の大筆』も展示

そもそも何故、熊野町で筆作りなのか。熊野町は四方を山に囲まれた小さな盆地で、農地が少なく、農業だけでは生活を支えきれないでいた。そこで、農民たちの多くは農閑期に出稼ぎをし、奈良地方から筆や墨を仕入れ、それを売りさばいたことがきっかけとなり、筆と熊野の結びつきが生まれた。

今から約170年前は、広島藩の工芸推奨により、全国に筆、墨の販売先が広がり、本格的に筆作りの技術習得を目指すこととなった。その後、住民の熱意と努力により、筆作りの技が根づく中、明治5年に学校制度ができ、同33年には義務教育が4年間になるなど、学校教育の充実とともに筆が使われるようになり、生産量が大きく増加した。全国の小学校で筆から鉛筆に順次切り替えられたのは大正に入ってからであり、この頃は筆が書き記すための最も身近な筆記用具であった。

第二次世界大戦後、習字教育の廃止により書筆の生産量が落ち込んだ時期もあったが、昭和30年頃からは画筆や化粧筆の生産も始まり、同50年には広島県で初めて国の伝統的工芸品の指定を受けた。現在は書筆、画筆、化粧筆のいずれも全国生産の80%を占めるまでになった。

全国的に筆の産地は他にもあるにもかかわらず、何故、熊野が日本一の生産地になりえたのか。一つは地形的要因が考えられる。熊野町には国道も鉄道もない、山の上の小さな盆地で、昭和40年代前半の県営熊野団地の整備までは、人口は今の半分以下の1万人前後であった。ある意味、流通も少なく狭い社会だったからこそ、筆作りの技術は守られ、また他に資源も少なかったから、熊野の人が筆作りを大切にしてきたということも言える。

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筆文化は熊野の原点

町では、昭和初期から『筆まつり』や『全国書画展覧会』といった筆に関する伝統的行事に取り組んでいる。産業が斜陽化する中で一時休止をしたこともあったが、平成に入って、竹下登内閣のもと、「自ら考え自ら行う地域づくり事業」として行われた『ふるさと創生事業』が一つの転機となって再開されることとなった。

このとき、住民も行政も、「熊野らしさとは」、「熊野でしかできないこととは」、「熊野の資源は何か」、ということの議論を尽くし、『日本一の筆の都』であることに立ち返ったのである。そして平成6年に筆文化の発信と地域振興の拠点として、「筆の里工房」を整備したのである。

大正まで身近な筆記用具であった筆は、書画などの芸術文化を楽しむ人のための道具に変わっていった。しかし、その筆が作り出す日本文化はどれほど多岐に亘っているか。そして、使い手の多様な表現に応えるため、筆職人がどれほど足を運び、注文を聴き、技術を磨いていったか。私たちは、日本文化を支えてきた筆と筆を作り続けている人たちを、熊野町の大きな資源・財産として誇りとするものであり、それが熊野の原点であることを再認識したのである。

筆は、書道用の書筆と絵画用の画筆、そして化粧筆に分けられる。筆作りの機械化は難しく、職人の手によって作られるが、その技術は、昔から書筆が中心であった。今、その技は、女性が毎日使う化粧筆に活かせることに目を向け、使い手の声に耳を傾けて、次々に新しい筆が開発されている。現在、この化粧筆を通して、熊野筆の品質の高さが世界で認められるなど、『熊野ブランド』として実を結びつつある。

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筆産地の活性化・支援の強化

熊野町は現在の総合基本計画で、「熊野筆の需要創造と交流産業の開発」を戦略プロジェクトに位置づけ、「地域資源を活かした熊野ブランドの育成」をテーマに、「熊野筆を生かした観光振興・交流プロジェクト」「地域提案型雇用創造促進事業」など、筆産地の活性化に向けた産業支援機能の強化に取り組んでいる。

特に昨年度は、宮城県石巻市(雄勝硯)、三重県鈴鹿市(鈴鹿墨)、鳥取県鳥取市(因州和紙)の3市とともに、文房四宝と言われる「筆、墨、硯、紙」の伝統文化と地域産業を通じた地域間交流と情報発信のため、『町制施行90周年記念筆まつり・伝統産業フェア・文房四宝博覧会』を開催した。

また、同9月には議員発議により、筆の歴史と文化の価値を、改めて認識し、町、事業者及び町民が連携して、その魅力を全国に発信することにより、筆文化の振興と筆産業の発展を図るため、春分の日を『筆の日』として定める条例が制定された。初めて迎えた今年の『筆の日』は、その前後1週間を『筆の日週間』として、町を挙げて「一日一筆運動」や筆に関する各種イベントが展開されたところである。

地元産業でも、平成16年度から経済産業省・中小企業庁の支援による『JAPANブランド育成支援事業』に取り組んでいる。欧米のグリーティングカード市場向けに、書筆製造技術を活かした横文字の書きやすい絵てがみ用筆を開発し、フランス・ルーブル美術館やアメリカ・ロスアンゼルスで、展示会や商談会を開催するなど、手書き文字の浸透を目指している。さらに、同19年度からは、同じく中小企業地域資源活用プログラムの認定を受けた書、画、化粧筆の地元6社が、新商品開発や国内外での販路開拓に取り組んでいる。

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観光振興・交流へのつながり

筆の里工房企画展

筆を活かした観光振興・交流事業では、総務省の「頑張る地方応援プログラム」に係るプロジェクトとして、短・中期的に滞在拠点、周遊型観光事業所、ルート上の観光施設の整備促進などに取り組み、観光客など交流人口の増加を図るとともに、定住促進や各種産業の育成を目指している。具体的な事業・施策は次のとおりである。

・企画展および需要開拓推進事業
筆の里工房の来館者の増加を図るため、従来からの筆の博物館としての常設展示のみではなく、企画展「筆の世界に遊ぶ文化人たち」を実施した。これは熊野町長、俳優の石坂浩二氏、映画監督の市川昆氏(故人)、漫画家の藤子不二雄A氏らを発起人として、著名文化人26人に賛同者となっていただき、筆を使った芸術作品として、書、絵画、アニメなど約百点の作品を集めたユニークな展覧会である。また、多くの人を筆の世界に誘うことを目的として、「ありがとう」をテーマに「筆の里ありがとうのちょっと大きな絵手紙大賞」の作品募集など、公募事業の充実も図っている。

・伝統産業啓発及び参加体験促進事業
熊野筆伝統工芸士による筆作り実演、書筆や化粧筆作り、絵手紙など各種体験メニューの開発、観光ボランティア・イベントボランティアの育成、筆事業所を観光施設として開放する観光資源化実験などを実施している。

・筆の普及促進事業
地域住民の参画により、筆まつり、全国書画展覧会など伝統的行事を通じて、筆の都の広報と筆文化の普及促進を図っている。

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雇用創造へのつながり

筆まつりでの筆踊り

平成18年に国の地域再生計画の認定を受け、筆職人の後継者育成や筆産業の活性化、観光の振興を目的に、厚生労働省から3年間の地域提案型雇用創造促進事業を受託した。町は熊野町雇用促進協議会(町、商工会、伝統工芸士会)を組織し、次の3つの事業を推進し、現在まで89人が町内企業に就職している。今後もこの事業は、産業界が実施する後継事業の支援を予定している。

・筆職人後継者育成事業

職人育成のため、3ヶ月間の技術研修生をインターネットなどで募集し、関東、関西、九州など各地から申込みがあり、現在までに75人が受講した。また、修了者の8割以上が地元筆産業の後継者として活躍している。

・求職者・創業者支援事業
ネットや広報誌による求職情報の提供、合同事業所説明会、職場見学会などの実施により、町内事業所への就業を促進し、現在まで30に以上が町内企業に就職している。

・観光推進関連事業
観光ガイドの養成やガイド事業を行うNPOなどの起業により、雇用を開発するもので、郷土の歴史、文化財講座や観光マップ作成に取り組んでいる。


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地域資源をどう捉えるか

多くの伝統的工芸品の産地は、その斜陽化に悩んでいる。熊野町で筆作りが始められて170年。その間にも、筆の役割・価値は、それを取り巻く社会的環境とともに大きく変化してきた。その変化に柔軟に、そして前向きに対応しながら、「熊野でしかできないこと」にこだわり続けた人々がいたからこそ、今の『日本一の筆の都』が存在している。

今年の2月、熊野町は東京銀座で「筆づくりフォーラム」を開催した。定員を遙かに超える参加者を前に、書家、水墨家、メイクアップアーティスト、筆の研究者、筆職人など様々な立場の専門家から、筆の歴史を振り返りながら、筆の未来と可能性について熱い提言をいただいた。この時改めて、筆を通して熊野に関わってくれる多くの人たちとのつながりに感謝する想いに駆られた。

人は、より気持ちを伝えたい大切な時には筆を持つ。「心を伝える道具」でもある筆は、熊野町にとって、「人と人とをつなぐ」大切な道具である。

どのまちにも歴史的・地理的背景からその固有の特徴・資源がある。それを見出し、何がそのまちの人にとってよりよい価値につながるか。そのためには何を取捨選択しなくてはならないか。それを考えることが地域活性化への道である。そしてどのまちにも言えることは、そこに暮らす「人」が、間違いなく一番の資源であるということではないだろうか。

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