全国町村会

ふるさとづくりは人づくりから
〜風待ち海道エコツーリズム大学で生み出す地域の誇り〜

  

隠岐のエコツアーのシンボル、乳房杉。岩倉神社の御神木で、樹齢は千数百年と言われる。


島根県隠岐の島町

2675号(2009年4月6日)  広報部 黒田 治臣

島の復活にかける思い

「地域は誰が守るの。地域の人が守らなきゃ!」  

隠岐の地酒で満たされた盃をかたむけながら、「風待ち海道倶楽部」の中心メンバー、脇立夫さんは力を込めてそう語った。脇さんは今年72歳。この日集まったメンバーの中では最年長になるが、情熱と行動力は若い者顔負けで、話しぶりからも故郷への熱い思いふるさとが伝わってくる。

取材のため人が来るというので、この夜、西郷港に近い旅館「松浜」に集まってくれたのは、隠岐の島町の官民協働のまちづくりグループ「風待ち海道倶楽部」の7人の面々である。役場職員、旅館経営者、地元酒造関係者など仕事はバラバラだが、島に対する誇りと愛着のつよさにかけてはいずれ劣らぬ人ばかりだ。

目の前には、隠岐自慢の海の幸。地元の人には食べ慣れた食材も、都会から来た者にはとびきりのもてなしになる。それを肴に、隠岐に秘められた大きな魅力を語り合う宴は、終わることなく続いた−。

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風待ち港の賑わい離島ブームに乗って観光の島へ

島根県隠岐の島町は、島根半島の北方80キロに浮かぶ島後島(どうごとう)を町土とする町である。この島後島の他、島前三島(どうぜんさんとう)をはじめとする約180の小島を併せて、「隠岐諸島」と総称している。島後島には昭和の合併以来、西郷町、布施村、五箇村、都万村の1町3村があっ、平成16年10月に合併して「隠岐の島町」となった。

島後地域は、水産業を中心とした第一次産業が基幹作業となって栄えてきた。隠岐諸島周辺は日本でも有数の漁場で、イワシ、アジ、ブリなどのまき網漁が盛ん。近年ではイワガキ、まつばがに、白バイのブランド化にも取り組んでいる。

古くは江戸後期から明治30年頃にかけて、北前船の風待ち港として栄えた歴史もある。特産の干鮑や煎海鼠は、「長崎俵物(ながさきたわらもの)」に使われて遠く中国まで運ばれたという。西廻り航路を盛んに往来した北前船に、大量の海産物が積み込まれる西郷港の賑わいは、どんなに盛んだったろう。

こうして明治の後半まで風待ち港の賑わいを保っていた隠岐では、戦後の高度成長期に入ると、他の離島地域と同様に都市への人口流出が進むようになった。しかし、昭和28年に成立した離島振興法、昭和45年以来の過疎法の適用を受け、インフラ整備が盛んに行われたほか、昭和38年には国立公園の指定を受け、1970年代に到来した離島ブームに乗って観光の島へと生まれ変わっていく。時代が遷っていく中にあって、隠岐は島として生きる手段には恵まれてきた、と言えるのかもしれない。

   

都万の船小屋に古き良き隠岐の漁村風景を見る。

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時代の変化忍び寄る衰退の足音

過疎化が進んでいたとはいえ、1970年代初頭に始まる「離島ブーム」と特定地域対策などによる公共事業で、何とか活気を維持していた隠岐の島町。そうした状況に変化が現れたのは、ここ10年くらいのことだ。

平成7年、島後島内の旧4町村合計で100億円を超えていた普通建設事業費は、国・地方を通じた行財政改革が進む過程で大幅に減少(グラフ参照)。また、夏季集中型・短期滞在型の団体旅行をメインとしてきた観光分野でも、入込み客数は平成8年をピークに減少傾向が続いている。さらに古くから隠岐の経済を支えてきた水産業は、資源の減少と漁業就業者の高齢化・後継者不足などで、経営の悪化が著しい。

これまで隠岐の島町を支えてきた産業の不振で、島外所得の獲得がままならず、島の衰退が進もうとしていた。

   

普通建設事業費の推移

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「隠岐を元気に」住民からの胎動

「このままではまずい」「隠岐を元気にしたい」―。住民有志のそうした思いから、全ては始まった。

大きな転機は平成15年5月に訪れた。官民協働のまちづくりグループ「風待ち海道倶楽部」の発足である。平成12年に始まる西郷港の改修事業に伴って地元説明会が頻繁に開かれたことをきっかけに、このころ島内では、個別に活動していた官民の様々なグループの間で「官民協働のまちづくり」を進めようという機運が高まっていた。行政が音頭をとり、その機運を組織化したのが「風待ち海道倶楽部」である。

同倶楽部では、設立以来、地元商店街を会場とした朝市や西郷港桟橋での人前結婚式等イベントの開催に加え、港周辺の街並み景観を整備するなど確実に成果を上げてきた。

そして翌平成16年、一過性のイベント開催にとどまらず、地域振興・観光振興を継続的にやっていこうとして生まれたのが、「風待ち海道エコツーリズム大学」であった。

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動き始めた歯車決め手は横のつながり

「風待ち海道エコツーリズム大学」は、一口に言えば、隠岐の自然や歴史について学ぶ地域学講座。平成16年の開校以来、「歴史学科」「自然環境学科陸上コース」「自然環境学科海洋コース」の3コースを設け、有償ガイドの育成などを目標に活動を続けている。「本当の地域づくりを行うためには、まず隠岐に住む人が隠岐の魅力を知らなければならない」という思いを、運営の基本理念に掲げている。

「自然も歴史も、隠岐にはすごい宝があることは分かっていた。しかし、それを地域づくりに生かそうという活動にはなかなか結びつかなかった。」そう語るのは、隠岐特産の黒曜石の加工・販売業を営む八幡浩二さん。八幡さんは、島の自然環境を調査研究している民間グループ「隠岐自然倶楽部」のメンバーで、「風待ち海道エコツーリズム大学」を取り仕切るリーダーの1人だ。

「地域に資源があることが分かっても、誰がどう動かすのか。そこが欠けてしまえば地域づくりにはならない。「風待ち海道倶楽部」の設立がその点を解決した」と八幡さんは言う。“思い”を持っていた人々が同倶楽部で出会い、横のつながりを持ったことが活動開始の決め手になったというわけだ。

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玉若酢命(たまわかすのみこと)神社の御霊会風流(ごれえふうりゅう)は勇壮な中にも古式を伝える神事。

情報発信力が地域の元気をつくる

現在、「風待ち海道エコツーリズム大学」では、八幡さんをはじめ大学開校前から島の資源について学んでいた人々が講師役となり、講座を続けている。今年度も約60人の登録があり、この5年で有償ガイドも10人誕生している。

筆者も取材の折に「歴史学科」の講座に参加してみたが、島内のエコツアーのコースをバスで周りながら、講師が実際にガイドしていくやり方は非常に実践的だ。説明の対象となる神社や遺跡などを自分の目で確かめながら聴くことができるので、知識も定着しやすい。事実、講師の話に対して異説を唱える人も出たりして、すでに受講者のレベルは相当高いものと感じた。 

有償ガイドは10人とまだまだ少ないが、5年間でエコツーリズム大学に参加した受講者は、それぞれの立場で島の魅力を発信し始めているという。それは、島を訪れた友人を案内したり、民宿を経営する受講者が宿泊客と一緒に町歩きをしたりといった、数字に現れないレベルも含めての話だが、こうした「情報発信力」の向上が地域の元気につながっていく、と八幡さんは話す。

「地域が元気になることは、地域に暮らす人が元気になることにほかならない」という八幡さんの言葉は、まさに地域活性化の本質を突いているのではないか。

   

手作りのガイドブックには隠岐の魅力がぎっしり。

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アイデアは現場に地域づくりにおける行政の役割とは

さて、地域づくりにおいて行政が果たす役割は何なのか。今回取材した「風待ち海道エコツーリズム大学」をひとつの事例として考えてみる。

隠岐の島町でエコツーリズムの取組みが動き出す鍵になったのは「横のつながり」だったことは前述の通りだが、エコツーリズム大学の関係者によると、その「横のつながり」をつくることが行政の大きな役割だという。隠岐の島町の場合、行政が音頭を取って「風待ち海道倶楽部」を立ち上げた。まさに求められていた役割を実践した形である。

そして2点目。「歴史学科」で講師役を務める旅館業経営の斎藤一志さんは、「PR戦略を含めて、町として観光全体の戦略をどう打っていくか。そこは行政が引っ張っていかないとダメ。」と指摘する。さらに、「そのためには行政も地域づくりの現場に出てくること。地域を知ることで企画の発想も変わってくるはず。」と強調する。“地域づくりのアイデアは現場にあり”というわけだ。

さらに3点目。地域づくりの様々なアイデアを実行する際に必要な「ハード」の整備も、行政が担うべき分野ではないか。以前は「ハード」面を整備してから使い道を考えるというケースもあったが、地方財政が厳しい折、地域づくりのアイデア=「ソフト」を実現するために必要な「ハード」を整備する、という発想が大切になるだろう。

   

100を超える神社は隠岐の歴史の深さを物語る。

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エコツーリズムがもたらした3つの成果

「風待ち海道エコツーリズム大学」が開校して5年。これまでどのような成果があったのだろうか。

最も大きいのは、地域の人材発掘効果である。島の資源について学んでいた人々は、地域内ではこれまで活躍の場がなかった。蓄えてきた知見を人に伝える場ができたことで、彼らは今、情熱を持って地域づくりに取り組んでいる。

そして2つ目は、情報発信力の増進効果。前述のように、有償ガイドを含めて、講座で地域の資源について学んだ住民が、様々なレベルで島外の人に島の魅力を発信し始めている。数字に現れにくい部分だが、隠岐の魅力に取りつかれ、エコツーリズムを目的に島にやってくる観光客は確実に増加しているという。

そして来年度に実現を目指しているのが、ブランド力向上を狙った「世界ジオパーク」への登録である。「ジオパーク」とは、考古学、生態学などの面で価値を持った地域で一種の自然公園のこと。2004年からユネスコ(国連教育科学文化機関)が一定の基準を満たすジオパークを「世界ジオパークネットワーク」に認定している。エコツーリズム大学の活動を通して島に様々な資源があることが明らかになり、こうしたことにも挑戦することが可能となったのだ。

こうして見てくると、隠岐のエコツーリズムの取組みは、観光分野にとどまらない広い意味での「地域づくり」を目指したものであることが解る。そうした関係者の“思い”が、少しずつ成果となって表れてきていると言えそうだ。

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受け継がれる地域への誇り

「地域づくり」とは何か。「地域活性化」とは何か。取材中、幾度となく聞いた「地域づくりは人づくり」という言葉に、この問いに対する答えの一端を見ることができる。

地域を外から眺めると、私たちはつい、観光客数や域内生産額、商業施設や教育施設の整備状況といった、数値化されたものに目が行きがちになる。地域にとって、それらは重要な指標には違いない。しかし、そうしたものだけが「地域の元気」を計る基準なのだろうか。

「地域づくり」は、始まりがあって終わりがある、というたぐいのものではない。人がそこに住む限り、永遠に続く営みである。まず、自分たちの住む故郷の素晴らしさを、胸を張って主張できるようになること。隠岐の人々は、エコツーリズムの取組みを通して、「地域づくり」を行う上での土台を固めようとしているのである。経済的な発展ばかり追いかけるのではなく、地に足をつけて、故郷への誇りを取り戻す。小さな町村だからこそできるこうした豊かな地域づくりを、今こそ評価すべきではないか。それが、現地を取材して得た実感である。

エコツーリズム大学を引っ張る八幡さんは、「隠岐の地域づくりはまだ2合目」と苦笑いする。しかし、この取り組みによって生まれた風は、やがて隠岐の子や孫たちに「故郷への誇り」をもたらすだろう。そして、その誇りを胸にした人々が担い手になって、将来も活気ある隠岐を築いていってくれるに違いない。

   

朝日に輝く西郷湾。地域への誇りは子や孫へ受け継がれる。

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