全国町村会

伝統産業を町の活性化へつなげる  
「第2回全国醤油サミットin たまりの里 武豊」

  

勇壮な山車が町を元気にする


愛知県武豊町

2668号(2009年2月9日)  企画政策課 森田 光一

武豊町の概要

武豊町は愛知県知多半島の中央部の東沿岸に位置しています。人口は42,347人(平成21年2月1日現在)の町で面積は25.81平方キロメートルあります。鉄道と港に歴史があり昭和初期にはこの地域の交通の要衝として栄えました。交通の発達にともない、味噌、たまり醸造が栄え最盛期には約50軒の蔵元が軒を連ねたほどです。現在でも歴史ある8つの事業所が独自性を生かした事業展開を行っています。町ではそうした誇れる伝統産業を起点としたイベントとして平成20年11月8日に「第2回全国醤油サミット in たまりの里 武豊」を開催しました。そして、平成21年は町制55周年の記念年に当たり、町内にある11台の勇壮な山車が一堂に会するイベントも実施します。それぞれのイベントは地域の活力が大きな原動力となっています。

町全体の構成としては東部は臨海工業地域があり、西部は豊かな自然に包まれています。武豊町は、町としてバランスよく発展した、地域活力のあふれる町です。

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全国醤油サミットとは

全国醤油サミットは醤油の蔵元を有する全国の自治体と醤油メーカー等が会員として加入する「全国醤油産地市町村協議会」が主催するイベントです。現在、会員数は自治体が26団体、メーカー等は18団体が加入しています。会員でなくてもサミットに参加することは可能で、多数の自治体と醤油メーカー等が参加し意見交換等を行います。

記念すべき第1回目のサミットは醤油発祥の地とされる和歌山県湯浅町で開催されました。また、同時に国会議員の組織する「全日本醤油振興推進議員連盟」も発足して、醤油の魅力を全国へ発信していく体制がつくられました。

サミットは日本の食文化の原点である醤油に着目し、全国、世界に情報発信するとともに、日本型食文化に不可欠な調味料である醤油への理解・消費の増進を図り、今後の醤油文化のさらなる発展と醤油を活かしたまちおこしを目的としています。

武豊町では醤油の中でも地域特産のたまりに着目して「第2回全国醤油サミット in たまりの里 武豊」と題し開催いたしました。醤油全体に占めるたまりの割合は少なく、全国的にはあまり知られていないのが現状です。しかし、小麦と大豆をほぼ同等の割合でつくる醤油とは異なり、大豆を主原料とするたまりは独特の風味と濃厚なうまみがあります。

今回のサミットでは武豊町の伝統産業であるこのたまりの魅力を全国へ発信いたしました。

   

六尺の大桶が日本トップレベルの品質を生む

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武豊特産のたまり醸造の歴史的背景

豊町があるこの知多半島は、お隣の半田市の酢・酒、常滑市の酒、東海市のソースやケチャップなど、「醸造半島」と呼んでいいほど、醸造業が盛んです。

味噌・たまり業は、江戸開幕ころの慶長年間に、知多半島の対岸、三河の宝飯郡から、宗平宗休という人物がセントレア(中部国際空港)のある常滑市の大野町に移り住み味噌・たまりの醸造を生業としたことに、始まったと伝えられています。

この宗平宗休は生まれた国の名を取って、屋号を三河屋と称しました。三河は岡崎の八丁味噌で知られる豆味噌の産地です。この味噌は、戦国時代に戦う兵の携帯食となり、また風味を損なわずに数年にわたって貯蔵できる特徴があります。

信長、秀吉が活躍した天正年間の頃、城中で軍用のため、この赤味噌を貯蔵しておいたところ、日がたつにつれて、豆味噌に溜まった汁、「たまり」ができました。それは、塩分を含み、黒く、とろりとした汁でした。ためしにこのたまりに野菜をつけてみると「その味は淡白で、うまかった」と喜ばれ、それ以降、味噌の副産物であったたまりを味わうようになったと伝えられています。その味は、その後、尾張、三河を中心として一般に広まり、たまりは庶民の味となりました。

なお、第1回目のサミットが行われた紀州、和歌山県の湯浅周辺で盛んにつくられていた金山寺味噌に溜まった汁の「たまり」が「たまり醤油」の原形だともいわれますが、どうもたまりの起源は定かではないようです。

知多の味噌・たまり業の元祖、宗平宗休は、知多の地に移り住んでから、この先、味噌とともに需要がのびると予測したのがたまりです。豆味噌仕込みに改良を加え、原料の大豆の加工、麹、仕込みを工夫することによってたまりを大量生産することが可能となりました。

そして、自らの事業の繁栄もさることながら、新たに開業する人たちの指導にも尽力し、知多半島全域に味噌・たまり醸造業が広まりました。

   

「ぎゃらりぃ夢乃蔵」には地元醸造蔵自慢の醤油が集う

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醸造に適した条件の下、隆盛を極めた武豊のたまり

武豊のたまりはこの地域の温暖で適当な湿度や、カルシウム塩をふくむ硬水が湧き出るなど醸造に適した風土と相まって、さらには明治になり、JR東海道線と結ぶJR武豊線が開通したことで、鉄道輸送により東海地方はもとより全国各地に送られるようになりました。東海地方で最も早く開港した、地元の武豊港から大量に、良質で安価な原料であった中国大陸産の満州大豆や台湾産の塩などが容易に輸入できたことは、最盛期には50軒ほどの蔵元があった武豊町の特性であったといえます。多くの味噌・たまり業を生んだ知多半島は、関東の銚子、関西の龍野と並ぶ三銘醸郷といわれるほどになりました。

現在、武豊町では8軒の事業所が操業を続けています。中でも伝統的な六尺の木桶による天然仕込みをかたくなに守りつづけ、品質の高さでは日本のトップレベルと評されている蔵元もあります。

また、全国でも数人しかいないといわれる六尺桶を修理、再生できる武豊の桶職人は、昔ながらの木桶による醸造方法を支える貴重な職人です。

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町の総力で挑んだ全国イベント「第2回全国醤油サミット in たまりの里 武豊」

和歌山県湯浅町での第1回全国醤油サミットで、第2回目のサミット開催地として武豊町が決定されたのは平成19年10月27日のことでした。町では早急に地元の蔵元へ説明会を開催して協力を依頼しました。また、各関係団体の代表者を委員とした第2回全国醤油サミット実行委員会を立ち上げ、平成20年2月からサミット開催に向けて活発に議論を重ねました。

議論の中で全国から首長やメーカー等の代表者が集まるこの機会に「パネルディスカッション」を開催して醤油の振興やまちづくりについて議論を交わしてはとの提案があり、武豊サミットの中核を成す「パネルディスカッション」の実施を計画しました。また、サミットを一部の関係者によるイベントにするのではなく、より多くの方がかかわることのできる仕組みづくりが求められました。町の小中学生を対象としたものとして醤油作文コンクールの実施や、町の事業者を対象として醤油を使った新名産品を募集しました。

新名産品では、想定していた事業者以外に町の授産所からも申請があり、現在も伝統的な醸造方法を受け継いでいる6つの蔵のたまりを使った「六つ蔵せんべい」が考案されました。

和洋菓子店のみたらしだれをおもちで包んだ「みたらし餅」、たまりを生地と餡に練りこんだ「蔵の香り」、そして授産所の「六つ蔵せんべい」と、まちをPRする新たな名産品が開発されました。

平成20年11月8.9日のサミット開催日には、町の地場産業が集まる武豊町産業まつりも同時開催して、町の伝統産業であるたまりを中心とした一大武豊まつりともいえるイベントに発展しました。相乗効果もあり、町のイベントとしてはかつてない規模の集客があり、愛知県内を始め全国へ武豊特産のたまりをPRすることができました。

また、サミットでは多くの来賓にお越しいただきました。経済産業大臣で全日本醤油振興推進議員連盟会長の二階俊博衆議院議員、文部科学副大臣の山内俊夫参議院議員等多くの皆様に祝辞を賜り、サミット成功への大きな弾みとなりました。

町の商工会では新たな取り組みが行われました。特産のたまりを使ったラーメンコンテストの開催です。あの「ラーメンの鬼」として名を馳せる佐野実氏を特別審査員に招き、目指せご当地ラーメンを合言葉に実に131点に及ぶアイデアの応募がありました。全国各地から応募があり、サミットの1つの看板として広く知れわたりました。サミット当日は3点に絞られた中からファイナル(決勝戦)が行われ、アイデアをもとに約300食がつくられ観客の舌を魅了しました。国民食ともいわれるラーメンへの関心は高く、web上でもイベント情報として多くのサイトで紹介されました。

そうした盛り上がりを見せたサミットの成功は、全国の蔵元を有する自治体や醤油メーカー、また、関係団体の協力に支えられたものであることはいうまでもありません。全国から展示用に寄せられた醤油は実に500本以上に上り、会場ロビーには北は北海道、南は熊本県まで実に20mを越える醤油展示コーナーを設置するに至りました。

   

詰めかけた来場者も500本以上の醤油に圧倒された

   

「みたらし餅」と「蔵の香り」は武豊の新名産品

   

「六つ蔵せんべい」は武豊伝統の味

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サミットでは各世代のボランティア等が活躍

サミットの実施には多くのボランティアにもかかわっていただきました。

大学生を中心としたボランティア団体には、サミット会場全体を回ることのできるたまりクイズラリーに携わっていただき、バイタリティー溢れる行動力と豊富なアイデアでサミットを盛り上げていただきました。

シニア世代を中心とした団体には、サミットのPR活動からかかわっていただき、7月30日には中部国際空港(セントレア)まで出向き、サミット開催日等が記入されたオリジナルしおり作りを実施していただきました。夏休み期間中ということもあり、多くの子供達の参加を得て終始笑顔のこぼれるPRイベントになりました。また、準備段階では記念品の袋詰めや資料の封入、サミット当日は駐車場の整理や舞台転換の補助など多岐にわたり活躍していただきました。その様子は地元の新聞にも取り上げられ、サミットの開催やボランティア団体の活動について広く知れわたることとなりました。

また、主婦を中心とした団体には、たまりを使った特製のやわらかせんべいやクッキーをつくっていただきました。中部国際空港(セントレア)でのPRイベントや盆踊りなどで配布して好評を得ました。

町の実施するイベントでは現在ではボランティアが実施に携わることが少なくありません。今回のサミットでもそうした住民活力が人口約4万3千人の町でこのような大きなイベントの実施も可能にしています。

   

イベント成功のカギは住民の活力

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今後の展望は環境に配慮したたまり醸造

今や地域の産業においても環境に配慮した事業活動が求められています。それは、伝統産業であるたまり醸造においても例外ではありません。たまりを含む醤油醸造ではその過程で大豆の絞りかすが発生し、それは通常、産業廃棄物として処理されています。これを何とか新たな資源として活用できないかと考え、サミット開催地として、醤油の振興とあわせて環境に配慮した取り組みも発信できないかと考えました。絞りかすは牛の飼料として再利用できる、そんな情報を元に、武豊の蔵元から出る絞りかすを飼料に使うプロジェクトがサミット開催が決定したのとほぼ同時にスタートしました。

平成20年の4月からは実際に地域の酪農家の協力の下、飼料への配合が始まっています。今後は徐々に数量を増やしていく計画です。当然、産業廃棄物でない絞りかすは飼料の原料として地元の飼料配合組合が買い取りをしています。また、サミットにあわせてもう一つプロジェクトが立ち上がりました。それは地元のJAと商工会の協力による、地元産の大豆でたまりを醸造するという試みです。平成20年7月に大豆の種が5ヘクタールの畑にまかれ、12月には大豆が収獲されました。平成21年には町内の蔵で地元産大豆のたまりが仕込まれます。

そして、3年の醸造期間を経て平成24年には純地元産武豊ブランドのたまりが出来上がる計画です。こうした動きが本格化して地元の大豆が多く使われるようになれば輸入大豆の移送にかかるCO2の削減にもつながるものです。

この2つのプロジェクトから見えてくるものは、武豊のたまり醸造における循環型の仕組みです。絞りかすを牛が食べ、その糞を肥料に大豆が育つ、そしてその大豆でたまりを醸造するというものです。このプロジェクトはまだ始まったばかりで、まだまだ、大きな課題が山積しています。

今後も全国醤油サミット開催地としての役割を果たすため、町では、醤油の振興、また醤油醸造を起点としたまちづくり、まちおこしを続けていくと同時に、未来に受け継ぐ環境への配慮についても責任をもって発信し続けていきたいと考えています。

   

大豆の種はやがて純地元産ブランドへ育つ

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