全国町村会

「中之条ビエンナーレ2007」成功への軌跡


国重要文化財指定の旧家も会場に

群馬県中之条町

2631号(2008年2月25日)
町長
入内島道隆

はじめに

この中之条町(群馬県の北西部に位置する人口17,500人の町)を素晴らしい町にするというのが、私に課せられた解決すべき問題です。そして、まちづくりというものは非常に難しく簡単にはいきません。さらに、まちづくりについては多面的に考察していかなければ、真に満足のいく町にはなりません。

一般的にはハードとソフトという二面から考察されたりもしますが、わたしは「姿」と「心」といった言葉を好んでいます。この場合の「姿とは「本来あるべき姿」という意味です。Landscapeという言葉の語源は、オランダ語のLandscapといわれていますが、これは、大地(Land)らしく(scap)ということなのです。つまり、風土(土地の気候、気象、地質、地味、地形、景観の総称)なのです。本来の風土、あるべき姿に大地を戻すことで、もっとも「姿」が美しくなるのです。そして、ここに生を営むことが人の本来の姿であると思うのです。 さらに、克服すべからざる自然と共生するために、人は協力し助け合うことの必要が生まれるのです。ですから、そこには「心」が、「助け合いの心」が必要となるのです。この人のくらしの原型に近づくことが、最も人間らしい生き方だと思うのです。人生の終わりにさしかかった時、自己の人生を振り返り、何をもって善しとするのか。今、現代人が一番考えねばならない問題だと思うのです。物質文明を追求することが最善と勘違いし生きていく限り、この事に気付くのが遅れていくのではないでしょうか?

風土と調和した芸術作品風土と調和した芸術作品

そのようなことから、Landscapをこの町で実現したいという想いは強く、この町の姿にこだわる私としては、まず、どうしても多くの町民にこの町のすばらしさを知ってもらわなければならないと思っていました。すばらしさに気付くことで、その風土を残すことの意味が理解でき、「姿」と「心」が両立すると考えていたからです。

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ビエンナーレとの出会い、感動そして芸術家との出会い

そんなことを考えるようになっていた頃、一枚の写真を見せていただいたことから、行革推進課の職員と吾妻美学校の方々と「越後妻有アートトリエンナーレ」を視察することになったのです。

新潟の越後妻有アートトリエンナーレを目の当たりにし、非常に大きな衝撃を受けました。それは「大地の芸術祭」と銘打たれただけあり、なにしろ農山村風景が素晴らしい。そしてこの風景が心をフラットにしてくれる。心がフラットになることで、作品を素直に受け止めることができる。ギャラリーで見るそれとはひと味もふた味も違った楽しさがあるし、ギャラリーでは出せない芸術家の表現力をより強く感じることができたのです。 とにかく、久しぶりに五感が刺激され、非常に心地よい状態になったことは確かで、これが今(現代において)大事なのだと痛切に感じたのです。

 

越後妻有アートトリエンナーレを視察した実行委員のメンバー越後妻有アートトリエンナーレを視察した実行委員のメンバー

と同時に、これならば、わが町でもできるし、これでLandscapが理解してもらえるのではと思ったものです。

果たして、視察の1年後には本当に「中之条ビエンナーレ」が開催されてしまったのです。いつも職員には、@スピードA否定しないB自分で考えることの重要性を言っていましたが、まさにこの実践でした。本当に関課長をはじめ安原補佐、唐澤主任ら行革推進課の働きぶりは超人的でありました。そして、このビエンナーレ開催において、実行委員として活動してくれた6名の吾妻美学校の作家の力なしには、このビエンナーレは語れません。

ここで、今回のビエンナーレ開催の実行委員会の中心メンバーでもある吾妻美学校について、若干説明しておきます。

群馬県の人口200万人突破を記念して、県が作成した映画「眠る男」(小栗康平監督作品)のメーンロケ地に中之条町が選ばれ、監督の友人である日本画家「平松礼二」先生もこの映画制作にかかわり、それが縁で平松先生が吾妻美学校を設立されました。それが平成10年のことです。 美術系大の卒業生を対象とした教養ゼミを主催し、作品制作に没頭できる閑静な場の提供や町民とのワークショップ、銀座での共同展の開催などを行なってきましたが、平松先生との関係が希薄になるに従い(町に平松礼二美術館を建設しようという時期もあった)生徒も減少、当初の17名から第5期生は6名にまで落ち込んでしまいました。 しかし、6名(山重さん、産形さん、西田さん、八幡さん、武藤さん、上田さん)とはいえ、彼らの「地域における活動を発展させ、中之条町の持つ魅力を存分に発揮できる事業を実施したい」という気持ちに変わりはなく「越後妻有アートトリエンナーレ」をヒントにした「中之条ビエンナーレ」の開催を提案。「芸術を媒体に町の地域、文化、自然を見つめ直し、ふるさとを実感できることは町にとってもプラス」と、彼らが主体となって実行委員会を立ち上げ、町も平成19年度に補助事業として予算計上しました。 しかし、担当課は19年度は準備期間で20年度開催が無難との方針に対し、実行委員会は19年度開催を強く要望。数回に及ぶ協議の結果、19年度の開催を決定しました。期日も、9月15日から10月8日までの24日間と決定。「すでに半年を切っている」「果たして本当に間に合うのか」という状況の中での船出だったのです。

実行委員会では白熱した議論が実行委員会では白熱した議論が

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困難の連続、不安そして未来へ

さらに、難航した開催時期の調整がすむと、今度は会場選定が問題となったのです。「作家の気に入る場所」を選定するか、「町の意向を取り入れた戦略的な会場」を使用するかということになったのです。結果的には実行委員会が事前に下見した場所を会場候補地とし、参加する作家の方々に現地を見ていただき決定するということに落ち着きました。会場オリエンテーションは、5月と6月に行なわれ、それぞれ18名、11名の下見参加者があったものの、この人数では会場の作品展示数が足りないことから、参加する作家のネットワークを駆使して参加者を増やし、最終的には町出身の作家10名を含む、57名にまで増加しました。ここでも、美学校のネットワークが活かされました。

開会の挨拶をする筆者開会の挨拶をする筆者

6月から、9月15日のオープニングの前に、PRを兼ねたプレ美術祭を「ふるさと公園たけやま館」のギャラリーで実施。(このとき、作品を見てきた職員が、前衛的な作品にビエンナーレの前途を危惧していたのを想い出す。「ビミョー」を連発し。「大丈夫かな」と言っていたことが懐かしい。)また、メディア対策を徹底して行ない、上毛新聞社、読売新聞社はじめ新聞各社、FM群馬、NHK前橋、群馬テレビ、雑誌等にトップセールスし、担当者の相当な前宣伝のもと当日を迎えたのです。

開会式で行われた空中パフォーマンス開会式で行われた空中パフォーマンス

開会式では実行委員長の清水栄さん(元中之条町議長)が挨拶された後に私も挨拶、その後、仰天のパフォーマンスでスタートしたのです。

そしてこの時点では、来場者数のべ1万人を目標にし、経済効果を3千万円としていたのですが、最終的にはのべ5万人の来場者数になりました。経済効果は捕捉できていませんが、少なくとも目標値3千万円はクリアしていると実感しています。しかし、この中之条ビエンナーレの最大の波及効果は経済面ではなく、「地域の人々の意識の変化」に最も顕著に感じられたことだと思うのです。そのことを少しみてみましょう。

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地域の輝き、感激そして未来へ

@ ある農家の家では使用していなかった離れを改装し、作家や関係者の宿舎として無料開放してくださり、安心して泊まれる宿として評判になると同時に、新しい地域との関係が生まれました。地元と遊離したイベントは続かないものですが、このような芸術家と地域の方々との心のかよう関係が今後のバネになることは間違いありません。

廃校を利用した会場廃校を利用した会場も作家の手によりリニューアル

A 26世帯、人口67人という中之条町でもっとも小さな集落「大道地区」に2カ所の展示会場「大道公民館」と「冨沢家住宅」が設置されたことに伴い、地域全員の協力体制がとられ、会場のボランティアから「手作り市」(おやき、マスの塩焼き、おにぎりや漬け物などの地元品を廉価野県へ“おやき”の研修に地域全員で出かけるなど、地域の団結力はこれからの山村集落の在り方のお手本になるのではと感じました。その後、伊参スタジオ映画祭でも出展参加をしていただき、ふるさとの味が評判でした。

中之条ビエンナーレを支えたボランティア中之条ビエンナーレを支えたボランティア

B もともとボランティア活動の活発な町ですが、さらなる啓発が図られました。

24日間にわたる開催期間中、11会場において半日単位で必要となる会場の受付ボランティアを、人口17,500人の町で見つけるのは至難の業と思われました。しかし、婦人会や老人会など社会教育関係団体の協力で総勢282人の方が交替で協力してくださいました。これだけの長期間にわたり、しかもこれだけ大勢のボランティアに協力をいただいたことはかつてありませんでしたが、気持ちよくボランティアに参加していただき、次回の協力も得られたことは最大の財産ではないでしょうか。帰省中の大学生や県内(高崎経済大学)の学生も協力してくださいました。

大好評だった手作り市大好評だった手作り市

C 住民の町への視点に変化が生まれたのではないだろうか?

かつて、吾妻郡東部4町村での合併を協議した際、私が、合併して「村」になりませんか?と提案したところ、合併して「市」になるのが当たり前で「村」なんてとんでもない、といわれました。これは視線が都会に向いていることが原因で、いまだにキャッチアップの思考が抜け切れていないと感じたものですが、日本本来の暮らしは農山漁村であり、心が平安を感じる風景はここにあるのです。古くて邪魔者扱いされてきた廃校や取り壊し寸前の古い建物が芸術というフィルターを通してみることで、俄然輝きを増したのです。 そしてそのことが、住民にとって自分たちの町を見直す契機となり、この中之条町のすばらしさを意識してもらえたのではないかと思うのです。いかにそこに住む人が自分の町に愛着を持っているかが、町の良さのメルクマールなのですから。そのことに気付くことが「中之条美園なーれ(ビエンナーレ)」の真の目的なのです。

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進化する町づくり

「ふるさとに会える町 なかのじょう」をキーワードに

中之条ビエンナーレ2007が予想を遙かに上回る好評を博したことは、単にこのイベントが成功したということにとどまらず、今後のまちづくりの指針を見いだすという意味からも大きな成果があったと思っています。もちろん今後の課題がないわけではありませんが、こういった取り組みを通じて地域に磨きをかけることで、まちの「姿」と「心」ができあがっていくのが感じられ、住民ひとりひとりがまちづくりに参画していると感じられるとき、まちづくりが本格的に始動するのだと思っています。

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