全国町村会

アートで廃・負・凡を宝に変える
〜住民との協働で島を元気にする〜

愛知県一色町

2598号(2007年4月23日付号)
山崎 隆文

空には鳶が旋回し、路地には乳母車を押すお婆ちゃんと屯する猫。海岸線はハマダイコンの薄紫色の花が彩る、そんな春先の佐久島―。

佐久島のプロフィール

空からみた佐久島空からみた佐久島

島の大きさは、ディズニーリゾート全体がすっぽり収まる広さ。信号機やコンビニのない日本の原風景が今も残る里海で、三百余の人びとが生活を営んでいます。豊かな海の恵みを受け、島の3分の1に及ぶ世帯が漁業に携わり、風光明媚な自然を生かし、10軒が民宿や旅館などの観光サービスを担っています。

歴史的には、出土品から縄文時代に人が住んだとみられ、江戸時代には千石船を持ち、海運業で栄えた島でしたが、昭和の大合併を機に、昭和29年、一色町に編入され、一部離島として現在に至っております。   

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一色町の佐久島

佐久島のある一色町は、自動車産業の集積された愛知県の西三河の南端に位置し、干拓の歴史が物語るように、町域の80パーセントを海抜ゼロメートル地帯が占め、矢作川の恵みと県下有数の漁港を基地に、生産量日本一を誇る鰻養殖、えび煎餅の製造をはじめカーネーションの栽培や魚介類の水揚げが盛んな町です。佐久島とは海を隔ててわずか5qの距離にありますが、人口が約2万4千人、立地特性も異なっています。島とを結ぶ交通は、公営企業の就航する定期船だけ。1日6便(繁忙期は10便)、30分足らずで港に着きます。 島の人たちが生活圏を広げる上で、一色町がハブとなるのです。

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島おこしの発端

かつては、1,200人あった人口は、わが国の高度成長を尻目に島を出る人が増え、今日まで過疎の一途を辿ってきました。働き場所がないことや生活の不便さなどが主な原因です。総合保養地域整備法の施行により、全国的にリゾート開発がブームとなった際には、この島の人たちも最後のチャンスと実現への期待が高まりましたが、わずか2、3年で、民間の開発計画がバブルの波に浚われてしまいました。将来に対する不安が一気に高まり、島の存続に危機感が走りました。

町としても、特効薬になる打開策などなく、手をこまねいていた頃、国土庁(現在の国土交通省)が離島振興のあり方を模索しており、モデル離島の1つとして、佐久島が資源調査の対象となりました。提案書の作成に向けて設置された委員会は、建築家や大学教授、旅館の女将など、様々な分野の専門家で構成されていました。調査活動は2年にわたり、ワークショップ形式で実施。島の人たちも積極的に参加しました。 当時、委員長を務めていたアート・ディレクターのアドバイスをもとに、平成8年に、島の人たちが島おこしの団体(島を美しくつくる会)を立ち上げ、町は事業を進めるための予算を組み、活性化に向けた取り組みがスタートしました。

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島の人たちの選択

島おこしのコンセプトは、アートによる情報発信を通して、交流人口を増大させるというもの。これまでの観光といえば、リゾート開発に代表されるようなマス・ツーリズムによる事例が一般的で、当時、「アートの島おこし」と聞いて、あるべき姿をイメージできる人は何人もいませんでした。

アーティストや学生ボランティアに囲まれる島を美しくつくる会アーティストや学生ボランティアに囲まれる島を美しくつくる会

事業は、アート関係者がリーダーシップを執り、島の人たちは事業協力者として進められました。マスメディアに反響があった一方で、島の人たちの参加が減り、3年もすると、目に見える結果を求める声、アートの可能性に疑問を持つ声が出始め、アートの島おこしは岐路に立たされました。

そんな状況下にあっても、キーパーソンとなる人材が現れ、「アートに依存するのでなく、島民がどうアートと関わり、島の活性化に生かせるかをもう1度考えてみよう」と、島の人たち自身で創意ある決断をしました。かつて、「観光施設を造れば島が潤う」といった行政依存の体質から、5年間の試行錯誤は、島の人たちに意識改革をもたらすこととなります。

地域の課題に対して行政がいくら旗を振れど、地域住民に対して動機づけとなるシーズがなければ、協働は成立しなかったと思います。民間開発による外科手術(民間のリゾート開発計画)が手遅れとなり、地域資源の発掘に手付かずの状況が、漢方薬的な島おこしを選択させたと言っても過言ではありません。

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住民との協働を築くために

アートの島おこしシンボルイメージアートの島おこしシンボルイメージ。2003年松岡徹展「どこか、おかしい」の作品の一場面。

佐久島の活性化事業が実質的にスタートしたのは平成8年度からで、枠組みや予算規模は現在とは大きく変わっていません。10年余にわたり、島おこし団体の取組みを支援する中で、目標を共有することができるようになりました。特に、平成14年の離島振興法の改正による振興計画の策定は、行政と島の人たちの距離をぐっと縮めました。

本来、離島振興は、立地上の後進性を除去することを目的に、法律により国の特別措置や県及び市町村の役割が定められています。先の改正では、地理的・自然的特性を活かした価値ある地域差、離島住民の創意と工夫による自立的発展という基本方針が提示されたことから、本町では、市町村案作成作業に島おこし団体の参画を求めました。 メンバーは家業の合間を縫っての参加となりますので、町職員も泊まりで島へ出向き、夜間の時間帯に会議を設けました。作成に参加したメンバーにとっては、自分たちの発想で島の将来像を描くことが勇気や自信となる一方、公の資金を使う者としての自覚と責任が備わっていきました。

築百年の空き家を作品かした「大葉邸」平田五郎作築百年の空き家を作品かした「大葉邸」平田五郎作

ここで、島おこしのカンフル剤となっている町の施策・事業を紹介させていただきます。ただし、佐久島への予算配分において、本土側との人口比が論議を呼ぶことを加えておきます。さらに、巨大投資による経済効果が確証できる時代は終わり、最小限の費用で最大の効果が求められます。自ずと、島の人たちの協力(実践活動)という数字に表れない経費をどれだけ集積できるかが鍵となります。その上で、それを継続する意思と体制が前提となりますので、協働とは、両者の信頼関係が構築されてこそ、実現するものと考えています。

1つ目は、まず佐久島の知名度を向上させるため、全国に発信できる情報づくりが求められます。そこで、島の伝統や歴史と現代表現であるアートを融合させ、現代作家の展覧会やワークショップ、ボランティアプロジェクトなどを実施、幅広い交流の場として提供します。運営は、町が委託したアート・マネジメント業者が、島おこし団体と協働して進めます。

「三河湾の黒真珠」と称される西港集落の家並み・路地「三河湾の黒真珠」と称される西港集落の家並み・路地

2つ目は、誇りを持って自主的に活動のできる人材の育成と、島おこしを継続させる体制づくりです。島おこし団体の活動に補助金を交付し支援しています。これまでに、里山景観の保全、「三河湾の黒真珠」と称されるに至った家並みの修復をはじめ、「タコしゃぶ」や「磯カキ茶漬け」等名物料理の開発、貝紫染体験教室や漁業体験ツアー等観光漁業の発掘など、創意ある活動が展開されています。ほかにも、移住を希望する人の相談に対応するため、空き家を活用する仕組みづくりに努めています。

島おこし団体が取組む景観運動(黒壁の修復)島おこし団体が取組む景観運動(黒壁の修復)

3つ目は、島おこし活動拠点の支援。これについては、平成9・10年に、町に寄付された古い民家を、黒い板壁の続く独特の家並み景観のシンボルとして修復しました。文化交流施設「佐久島弁天サロン」として、全額町が経費を負担し、島おこし団体が指定管理者となり、施設の運営管理にあたっています。

4つ目は、アートや島おこしの情報を常時発信できる機能を整備することです。前述の佐久島弁天サロンの整備に合わせ、一色町公式サイトとは別に、佐久島専用のサイトを立ち上げました。掲載内容は、毎月島の人たちがコンテンツを持ち寄り、編集にあたっています。

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目に見えてきた成果

ようやく、島のお年寄りからも「島が変わってきた」という言葉を聞くようになりました。その1つは、このところ続いていた島の人口減に、3年間歯止めがかかったことです。そこには、過去5年間でIターンが14名、島に戻ってきた人が22名という転入人口があります。もちろん、高齢化率がほぼ50パーセントですから自然減は確実に進みます。予断を許さない状況は変わりませんが、田舎暮らしに対する関心の高まりを追い風に、今後も島に点在する空き家の活用が求められています。

また、通所者がゼロになり、平成12年から3年間休園となっていた保育所が、平成15年から再開。現在7名の園児が通っています。島に後継者ができた結果です。

アートピクニックを楽しむ若いカップル(松岡徹(「大和屋観音」の前で)アートピクニックを楽しむ若いカップル(松岡徹(「大和屋観音」の前で)

一方、島をふらりと歩いていると、20代前半の若者、特に今風のファッションに身を包んだ人たちに出会います。これまでは集落の路地を歩く観光客の姿を見かけることはありませんでした。観光客といえば、海水浴や潮干狩りに来る家族連れか釣り人ぐらいでした。アートの島おこしがテレビ・新聞・雑誌など幅広いメディアに取り上げられ、若者の感性に触れた結果であると思います。まだまだ圧倒的な集客数にはつながっていませんが、アートに関する問合せは年々増加しています。

島を訪れた人によく言われます。 「アートをやってると聞いて来たけど、島にはゆったりした時間の流れや家並みや路地、独特の風景など、魅力がいっぱい」と。島にいると、ありきたりであったり、見捨ててきたり、不便であったりするものが、アートによって輝きを放つ資源に変身するのです。

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佐久島の活性化を骨太に

ようやく、島が元気を吹き返す兆しが見えてきました。知名度も上がり人間力が備わってきました。次のステップは、組織力と資本力により経済的自立の見通しを立てることです。それには、遅れている社会基盤の整備が必要になります。特に、島への玄関となる船着場の機能をはじめ、公共交通とのアクセス向上が命題です。 幸いにも、一色町には、年間80万人余が訪れる特産品の直販施設「一色さかな広場」があるほか、昨年7月には衛生管理の徹底した最新式の魚市場がオープン、併せて直販施設が増設されるなど、臨海部に流通機能が集積されています。佐久島をはじめ大提灯祭りなどの町内の観光資源や産業とリンケージすることによりシナジー効果を発揮できるよう進めていきたいと思います。

佐久島が一色町と合併して早半世紀が経ちます。歴史や立地条件の異なる2つの地域が、有機的な連携を強化する時機が到来したのです。これまでは、一色町が佐久島を引っぱり、これからは、佐久島が一色町を後押しする展開を期待しています。

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