全国町村会

「コスキン・エン・ハポン」〜日本のコスキンをめざして〜

  

まちを彩る「コスキンパレード」

福島県川俣町

2436号(2003年4月21日)  川俣町企画財政課 企画統計係長 丹野 雅直

川俣町の概要

川俣町は、福島市の東南およそ22km、車で約30分の阿武隈山系の山あいにあり、人口約1万8千人、緑あふれる静かな町である。古くから絹織物の町として発達し、「川俣」の町の名も、この地に養蚕と絹織物を伝えた「小手子姫」の故郷大和国(奈良県)高市郡川俣の里にちなんでつけられたという話も伝えられている。町の真ん中に位置する中央公園の丘の上には、「小手姫像」が町を見守るように建てられている。

町を東西に走る国道114号線沿いには「道の駅川俣」があり、町の特産品の販売をしている「銘品館シルクピア」や織物の歴史と伝統を紹介している「織物展示館」、手織などの体験ができる「からりこ館」、とれたての野菜を販売している「愛菜館」などがあり、道行く人々の休息や憩いの場所としてたくさんの人が訪れている。

町の特産品としては、「絹製品」はもちろんのこと、闘鶏として有名な軍鶏を食用化し、放し飼いにして手間暇かけて育てた低カロリー高蛋白の「川俣シャモ」や近くの牧場で作っている手作りのチーズやアイスクリーム、フローズンヨーグルトなどが人気である。

また、気軽に登れる山も多く、標高918mの「花塚山」をはじめとして、「口太山」、「日山」、カタクリの群生やギフチョウが生息する「女神山」などがあり、近年の登山ブームにより、子供からお年寄りまでトレッキングを楽しむ人々が大勢訪れる。

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コスキンの町へ

田んぼの稲が刈り取られ里山が美しく紅葉し始めた頃、川俣町に、県内はもとより県外からもフォルクローレ(中南米音楽)の愛好家達がぞくぞくと集まってくる。コスキン・エン・ハポンの季節である。毎年10月の第2土、日、祝日の3日間、国内で最大級の中南米音楽祭「コスキン・エン・ハポン」が開催される。

28回目となる昨年のこの音楽祭に出演したのは、本場南米のスペシャル・ゲストをはじめ、北は北海道から南は広島まで、全国の愛好家158組700人である。そして、会場の川俣町中央公民館大ホール(800人収容)に足を運び、フォルクローレの主楽器である、ケーナ(竹製の縦笛)の哀愁を帯びた音色、マンドリンの様な十弦ギターのチャランゴ、打楽器のボンボが生み出す素朴な音色に耳を傾けた観衆は、3日間で延べ6,000人を超えるなど、町最大のイベントへと発展し、川俣町は、日本のフォルクローレの開催地として中南米音楽愛好家でその名を知らない者はいない。絹の町からフォルクローレの町へと全国的に知られるようになった。

   

'02コスキン・エン・ハポンの舞台に立つ川俣小学校4年1組のチーム

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コスキン・エン・ハポンとは

コスキン・エン・ハポンは、直訳すると「日本のコスキン」ということであるが、その名の由来のコスキン市は、アルゼンチン北西部コルドバ州の北に位置する避暑地で、南半球の夏に当たる1月下旬約10日間にわたってフェスティバル・ナショナル・デ・フォルクローレという中南米音楽祭の世界的祭典で賑わう。コスキン市の人口規模、地形、住民気質が川俣町に良く似ていることから、この音楽祭にあやかって名づけられたものである。

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日本版コスキンの始まり

日本版コスキン祭の開催で知られるようになった川俣町であるが、この大イベントの始まりは、昭和50年の秋に地元の長沼康光氏や中南米音楽の愛好グループ、ノルテ・ハポンの呼びかけで、東京、仙台、新潟、山形、名古屋と地元の即製チーム合わせて13組によって、200人収容の小さな町福祉センターを会場として行われたのが始まりである。

若い時から大の音楽好きだった長沼氏は、昭和20年代にラジオで聴いたフォルクローレの音色に感動し、中南米音楽レコード鑑賞会を組織。昭和30年には「ノルテ・ハポン」(北日本中南米音楽連盟)を発足させた。

昭和48年、その活動を知った埼玉の東出五国氏が電話で、ケーナの生演奏を聞かせてくれる機会があり、この一本の電話から音楽祭が誕生した。

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何故、川俣町なのか

当初、この音楽祭はノルテ・ハポンに加盟する各県持ち回りで行う予定であったが、阿武隈山系の山に囲まれた川俣町の雰囲気が本場アンデスを彷彿させたことや、澄み切った空にケーナの響きがよくマッチしたことから、「来年も川俣町で会おう」と言うことになり、以来、20数年続くことになる。町の地場産業である絹織物業が衰退し、過疎化が進行する中、誰が150組を超える大音楽祭になると予測できただろうか。地域づくりを担当する者として、長沼氏には頭が下がる。13組から150組を超えるまでに発展した音楽祭は、まさに「継続は力なり」この一言に尽きる。

長沼氏曰く、「私は、今住んでいる川俣町が好きだ、もちろんフォルクローレも大好きである。人は好きなことをしている時が一番幸せな時である。コスキンで町に人を集めようとは思ってもみなかった、ただこのすばらしいフォルクローレを少しでも多くの町の人に聞いて貰いたかった。」と語る。

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地域づくりは人づくり

音楽祭が軌道に乗ってきた昭和55年より、小中高生を対象としたケーナ教室を開催し、人材育成をも図る。自宅を無償で開放し、第1期生「アミーゴ・デ・川俣」の誕生となる。週1回の練習を行い、コスキン・エン・ハポンへの参加の他にも、近隣各地での演奏依頼も多い。200人を超える教え子の中にはプロとして活躍されている方もいる。

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手作りの音楽祭

コスキンが、なぜこれほど支持されるのか。まず、この祭りの観客入場料は無料である。参加者は出演料1人5千円を支払うが、これには食事付き宿泊料も含まれるという具合に安価にできている。1日目の演奏は深夜まで続く。参加者を宿へ送るため、共催者である川俣町のバスとアミーゴ・デ・川俣の父兄会の自家用車が朝方までピストン輸送をする。父兄会はスタッフとして湯茶接待等なんでも行う。また町側も、会場の無償提供や産品の即売コーナーの設置から駐車場の整理まで協力する。まさに、町をあげての手作りイベントといえるであろう。昭和61年にその功績が認められ、NHK東北ふるさと賞、そして、平成5年にはサントリー文化財団より地域文化賞が贈られるなど、数多くの受賞に輝くこととなる。

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コスキンパレード

平成11年、25周年を記念してパレードも行われるようになる。これは、町おこしを合い言葉に組織された任意団体「聚渓会」の音頭で、更にコスキンを一般の町民まで参加できるようにとしたもので、パレードには約30の団体、ハーレーのバイク隊から乗馬クラブ、老人クラブから幼稚園児にいたる全ての町民が自由に参加でき1,700人の参加者をみた。コスキン・エン・ハポンの前祭りとして、多いに盛り上げる役割を担ったパレードは、南小学校のグランドから川俣小学校グランド間約2.2kmのコースで行われ、町の中心市街地の道路を練り歩く。駐日アルゼンチン大使館や総領事の参加もあり、それぞれ、南米の民族衣装で着飾った団体がおもいおもいに町を練り歩き、ここは日本なのかと錯覚するほど町中が南米一色となる。

特に、黄色のポンチョ風衣装に身を包んだ、幼稚園児のかわいいダンスや教わったばかりのケーナを真剣に演奏する小学生には、沿道の観衆から大きな拍手が沸き起こる。パレードをするもの、見るものが一体となり、これから大音楽祭の開始を、町中に知らせる。約60分のパレードが終点川俣小学校グランドに到着すると、子供たちにはパンと牛乳が配られる。そのパンは、ここ川俣町にしかないケーナをかたどったケーナパンだ。グランドではプロによる生演奏・ダンス等が行われ、祭りの雰囲気を一層盛り上げる。

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日本代表審査会の開催

本場アルゼンチンで行われる音楽祭には、世界各地で行われる審査会で選ばれたチームしか出演できない。

平成11年1月川俣町からアルゼンチンへコスキン祭ミッション派遣を実施した際、「コスキン・エン・ハポン」が日本におけるプレコスキンと認定され、日本代表審査会が川俣町で行われることとなる。

平成11年度第1回の代表審査会には、10チームのエントリーがあり、審査の結果、茨城県取手市から出場のチームが選ばれ、川俣町から100万円の渡航費用が援助された。平成13年度の代表審査会では、地元川俣町のチームが選ばれる等益々の盛り上がりをみせ、その音楽技術も年々向上し、アルゼンチンから日本のコスキンに出たいとの問合せもあるほどとなる。

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ケーナの里づくり

一人の音楽好きが功を奏し、民主体でここまで発展してきた音楽祭である。

話しは前後するが、町において、平成8年度から旧国土庁より地域個性形成事業の指定を受け、中南米音楽のイメージを生かしたラテン風街路灯の設置や、町特産の絹を使った中南米衣装の開発、コスキン市との交流などハード・ソフト両面の事業をさらに推進することとなる。とりわけ、ケーナの響く里づくり事業は、ケーナを全小学校の4年生全員に無償で配布し、音楽の時間やゆとりの時間に取り入れている。ケーナ演奏という個性的な教育をすることにより、その効果として、日本における中南米音楽の発祥の地としての町の文化や伝統を知り、ケーナを演奏できる町民としての誇りが持てるようになる、早くから中南米音楽の教養を身につけ、国際理解を深めることが出来るようになる、としている。

例えば、フォルクローレの主な曲である「花祭り」を原語(スペイン語)で歌い演奏できるのは、おそらく川俣町の小学生だけだろう。

昨年のコスキン・エン・ハポン、158組の中に川俣小学校4年1組で作るエスぺランサ・ブリジャンテ37(スペイン語で輝く希望の37人の意)というチームが出演を果たした(7頁写真参照)。コスキンへの参加は、担任の先生が川俣町へ赴任してからの夢であったらしい。コスキンへの出演で社会参加も増え、特別養護老人ホームでのケーナ演奏の慰問、社会科見学でのお礼のケーナ演奏等、青少年健全育成をも着実にその成果を上げている。

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今後の行方、課題

誰もが参加できるこの音楽祭、祭りを開くから演奏チームが集まる、そして、もてなす町民のあたたかさに触れて再び訪れる。子供も大人も一緒に楽しめる音楽、「規模はいくら大きくなってもいい」と語る長沼氏。

将来は、四季を通してフォルクローレの流れる町など夢は広がる。今後の行方や課題はと問いかけると、「特にない、私はただのアマチュアの音楽愛好者の一人です。今までどおり、自然に身を任せ、好きなことをやっていきたい。」と語った。

あくまで自然体で無理しないで進んでいきたいと語る目には、まだまだコスキンと共に川俣町は発展する可能性を大いに秘めていると目が輝いていた。

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その他の住民参加のまちづくり

○町政懇談会

町民の生の声を聞くため、平成5年から、12の地区を会場に町長をはじめ町政執行にあたっている職員が出向き、様々な町政についての懇談会を行っている。今年度は、12会場で495名の出席があり、242の要望・質問等があった。町隅々の諸問題が顕在化し、これらについては、総括のうえ町政に活かしている。

   

○広報通信員

広報紙「かわまた」を、平成13年4月からタブロイド版に変更し、毎月2回(1日、15日)発行している。このことにより、タイムリーな情報を送れるようになった。

また、広報通信員制度により、双方向からの情報発信が実現されるようになった。広報通信員は公募や各地区自治会に1名配置され、地区での情報を、機会あるごとに記事と写真を寄せている。記事には、地区の人でなければ分からない四季で変化する風景、地区の個性ある活動等がある。

○花いっぱい運動

平成3年から、美しい町をつくる運動の一環として「花いっぱい運動」が毎年実施されている。特に平成7年の「ふくしま国体」開催時には、全国の皆様を花でもてなし、美しい思い出を持ち帰っていただいた。この運動は、その後14地区の自治会が中心となって多くの町民が積極的に参加し、道路脇や歩道のプランターに植栽し、美しい花が町の景観を彩っている。

特に、福田地区は、昭和57年から、独自に「女神フラワーライン」に花植え活動を実施しており、昭和58年度福島県主催の「花いっぱいコンクール」で、初参加ながら、見事に特選に、また、平成11年度には、それらの功績が認められ、環境庁長官表彰に輝くなど、特筆すべき、積極的な活動を推進している。

   

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まとめ

このように、長年にわたる事業の展開や、これまでに紹介出来なかった様々な地域づくりの活動を行っている町民を含め、町に対する熱い思いが、今回の「地域づくり総務大臣表彰受賞」の原動力となったことに改めて敬意を表すると共に、今後も「住民参加で笑顔と元気なまちづくり」を積極的に推進していく考えである。

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