全国町村会

継続力

群馬県川場村長 関 清

川場村は群馬県の北部に位置し総面積85.29ku、うち83%が山林で占められています。気候は冷涼で年平均気温は11℃、冬の平均気温は6.6℃まで下る降雪地域であり、 川場スキー場周辺の積雪量は多い時で2〜3メートルに達します。豊かな森は豊富な「水」を生み出し利根川支流の薄根川、桜川、溝又川、田沢川、田代川の5つの清流が村を縦貫しています。 その地に集落が開け、川の多い場所というところから「川場」の地名がつけられたとも言われています。地形は南方に開け、適正な日照時間もあり多種類の農作物を生み出す農地が集積しています。

村では、主力である農業に観光を連携させた「農業プラス観光」という方針を昭和50年代から展開しています。中山間地域である村の基幹産業は農業です。こんにゃく、米、酪農、果樹などが中心ですが、 田畑の耕作面積は狭く経済的に有利な大規模経営に転換することはできません。しかしながら美しい農村風景は川場村の大切な観光資源であり、農林業は、この景観と環境を維持するための重要な役割を担っています。 そこで、農産物価格の低迷や自由化、農家の高齢化や後継者不足等に対応し、攻めの農業に転じるため農産物のブランド化が始まりました。

その代表例が川場産コシヒカリ「雪ほたか」です。以前から「川場の米は旨い」という評価を得ていたものの生産量が少ないため、その殆どが縁故関係者の間での流通に留まっていました。 米の食味値の測定結果は、国内で流通している有名ブランド米と比較しても遜色のない数値です。その米を「日本一美味しい米」として認識してもらい「売れる米」にしようという取り組みが始まったのが、 平成16年のことでした。

当初、「一俵3万円で売れる米を作ろう」という行政からの呼びかけに、栽培農家は懐疑的でしたが、その後組合が設立され、米の栽培方法の見直しと土の改良等の研究を重ね、 より高品質の米を収穫することに成功しています。

現在では、流通量も増加し米の審査会では最大規模である「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」において、平成19年から8年間連続で最高賞である金賞を受賞しています。

先日、村内でスキー場を運営する川場リゾート(株)がKAWABA RICE BALLをロサンゼルスのメルローズ通りに出店しました。この店は、「雪ほたか」を使ったおにぎり専門店です。 KAWABAブランドの国際的認知を期待してやまないところです。

昭和50年代半ばには、川場村の田園風景や自然環境が都市部から注目されるようになります。住民の余暇時間の活用や健康増進に対するニーズを抱えていた東京都世田谷区が進める「区民健康村」の候補地となり、 昭和56年に川場村と世田谷区の間で「区民健康村相互協力に関する協定」が締結されました。この協定は、一般的な姉妹都市提携ではなく、都市と農村との交流を通して、行政と行政、区民と村人とが協力し、 互いに無い物を補完し合いながら交流を深めていく、信頼関係が担保される夫婦のような関係を意味する「縁組協定」と呼ばれるものです。

交流当初は、都会的な考えをもった人たちとの付き合い方や、純朴な子どもたちへの悪影響がないか等々、様々な不安を抱いていた村民が少なくありませんでしたが、 交流による経済効果や活気が村内に浸透して行くにつれ、村民の意識も変わっていき、平成の大合併が話題となった際には、村と区の越境合併が選択肢として検討されるまでにその絆は強まりました。 協定締結から30余年が経過した今、世田谷区との交流が村の存続と発展に繋がったのだと多くの村民が感じています。

農業と観光、そして都市との交流の核となるのが、道の駅「川場田園プラザ」です。村内で採れたものを、村内で加工し、村民が村内で売る、6次産業を具現化した施設であり、 特に地元の農産物を販売するファーマーズマーケットでは、高齢者の登録生産者が多く、自分たちが作った作物が消費者に喜ばれている事が生きがいとなっています。

一般的に道の駅は、観光地へ向かう途中の道路利用者のための休憩施設としての利用が中心ですが、川場田園プラザは、もともと、地場産品の振興と新規開発を担うとともに、 商業・情報・交流のタウンサイトとなることを目指して整備されています。その後、道の駅としての登録がされているため、道の駅自体が観光の目的地となっています。

“まち”の特産物や観光資源を活かして“ひと”を呼び、地域に“しごと”を生み出す、地方創生の拠点とする先駆的な取り組みをしている道の駅の全国モデル、6施設のうちの1つに選出されています。

昭和50年代から今日まで村長は何代か替わっておりますが、村づくりの精神である基本的な取り組み「農業プラス観光」は首尾一貫して守られております。継続は力なりと申します。 先人たちが守り通してきた川場村の財産を「田園理想郷」として後世に引き継ぎ、子どもたちが住み続けたいと思う村を作っていく、そして村外の人々が何度でも訪れたいと思う村にする。 この村で生まれ育った一村民としての責務であると思っています。

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