全国町村会

人と人とのつながりを大切に

山梨県町村会長 忍野村長 天野康則

山梨県の東南部、富士山の北麓に位置する忍野村は、四方を山々に囲まれた標高936m、面積25.5平方q、人口8,984人(平成22年12月28日現在)の中山間地に属する村です。

忍野村は、富士山を正面に、西方に南アルプスを望み、清冽な水が湧き、緑したたる樹々の広がる自然溢れる里です。往古より本村は、富士山と深い関わりを持ち、また密接した歴史でもあります。それは、火山としての富士がなした様々な自然の造形がもたらしたものであり、霊峰富士に集う人々の信仰の足跡は、そのまま文化的遺産として残っており、本村の生成とも深く結びついております。

日本人の心のふるさと、拠りどころとして、遠い万葉の昔から親しまれてきた富士山は、世界に誇れる日本の象徴です。雲上にそびえる姿は雄大であり、遥か遠くにのびている山裾は、富士山ならではの大自然を感じさせます。四季それぞれに雄大なスケールで、その美しさは比類なく、「忍野富士」として芸術へ心を寄せる方、登山や観光に訪れる方には絶賛をされております。また、千古不滅の謎を秘める忍野八海も富士山信仰における修験者の行場、巡礼の地となっております。

昔から村人は、自然に溶け込む暮らし方を選んで、土くさく無愛想、それでいて冬の陽だまりのようにほのかで温かい。そんな人間くさい、人情味あふれる生活を、脈々として営んでおります。

さて、忍野富士は春、富士桜と新緑の鮮やかさ、夏は朝陽に映える赤富士、秋はススキの穂波、彩り溢れる紅葉、冬は霧氷の神秘的な美しさ、四季折々のこういった大自然の美を、魅力を求めて、清遊深勝につきることなく満喫させる富士山を介して、多くの企業や芸術家達と交われ、人を知り、人との繋がりの機会を得、また恵まれることによって、観光やハイテク産業に基づく村づくりの根幹として多大な寄与を頂いております。

かつて純農村であった本村は、昭和55年に誘致した最先端技術を誇る産業用工作機械製造業の移転、創業によって産業構造は大きく変換し、本村の財政に及ぼす影響は計り知れないほど大きく、有相無相の恩恵は、言葉では言い尽くせないものがあります。地方行政に携わる者として、企業努力に頼るばかりでなく、行政からも何らかの支援策について一考を模索するものです。

この企業の会長との懇談の折、企業コンセプトについてお尋ねしたところ、「日本を代表する技術企業を目指すからには富士山は日本の象徴、世界に誇る秀麗な山であり、その麓に工場が展開する。ここから世界に向けた超先端領域の技術開発情報を発信させる。そのためには開発技術という狭い領域の路を真っ直ぐに歩んでいくことが求められ、そこには幾つもの技術の壁があり、それを自力で越えようとする必死の試みが必要となる。その目的に向かって期待する人物像としては人柄の良さ、礼儀正しさ、仕事への情熱を求めている。」というものです。なるほど常にトップにある企業の経営者は、人と人とのつながりを大切にして、後継となる人を育てていると共感を覚えると同時に、人の適性についての見極めや物事へ取り組む積極的な姿勢をどのように評価し、十分に特長を発揮させるか問われるところだと思います。

人材の確保や発掘には人と人とのつながりが大切であり、企業と行政、立場は違えどもその根底に相通ずる意義として、企業の倫理観や社会正義、また一方、行政においては全体の奉仕者、住民福祉の向上に命題を持つ公務員の矜持に、心持ちとして政府広報から次の言葉が思い出されます。宮澤章二さんの「行為の意味」を借りて、「心」は見えないけれど、「心遣い」は見える。「思い」は見えないけれど、「思いやり」は見える。あたたかい心も、やさしい思いも、行いによってはじめて見える。肝に銘じておきたい言葉だと思います。
 

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