全国町村会

「知識」より「意識」

宮崎県五ヶ瀬町長 飯干辰己

私が町長に就任したのは2002年5月。ちょうど平成の大合併の足音が本格的に聞こえ始めた頃だった。地方自治体はまさに歴史の峠にさしかかっていた。この重大な局面・転換期は従来の行政カラーでは乗り切れないというのが町長選チャレンジの最大の理由であった。あの頃の喧騒が今でも昨日のことのように蘇ってくる。町の将来を案じ、数多く重ねた町民や議会との議論。結果、私たちは自立の道を選択した。ただし、自立を選択したことによって私たちのまちづくりの目的が達成された訳ではない。目指すべきゴールはまだまだ手が届くところまでは近づいてはいないと考えている。

目指すべきはやはり地方分権の確立である。時の政権も「地域主権」を錦の御旗に選挙戦を勝利した。分権型社会へと大胆に舵が切られるものといささかなりとも期待したが、一向にその気配は見えてこない。ただ、その責任をことさら国に求めることのみで分権が進むのだろうか。 地方分権を受けて立つ基礎自治体側に分権実現に向けての覚悟の程が、どれほどみなぎっているのだろうか。
 このことが就任以来、わが町において最も気に掛かっている事象である。もちろんこの間、手をこまねいてきた訳ではない。職員のスキルアップにはあらゆる手段・手法等でチャレンジし続けている。その結果として個々のスキルアップがチーム五ヶ瀬としての組織力アップに繋がっていることも私自身実感している。また、私たちは合併論議を通じ、自分たちの町について改めて真剣に考える得がたい経験もした。住民にも「自らの地域は自らの手で」との自治意識が一層高まり、協働のまちづくりに一定の成果があがっているものと自負している。

しかしながら、まだまだどちらも不十分である。そこで、私たちは次なる総合計画(H23〜H32)の重点戦略の一つに「分権型社会への対応」を掲げさせていただいた。これからのまちづくりはオーダーメイドでなければならない。そのためには、地域資源の活用、地域の人材育成、住民協働システムの確立が欠かせない視点となる。どれもマネジメントの世界のいわゆるマーケティングからスタートしなければならない。町が持つ個性(資源)や個人の持ち味をしっかりと把握すること。そのうえで地域戦略や人材育成の手法を考察しなければ、地域や人が輝くとは思えない。

その視点で五ヶ瀬町の特性を述べれば、天が与えた地理的特性だと考える。本町は九州のほぼ真ん中に位置する。平均標高620mと高く、夏は冷涼、冬場は大変寒さが厳しい地域である。宮崎という温暖なイメージとは程遠い、特異な気象条件下にある。また、一級河川五ヶ瀬川の源流域にも位置する源流の町でもある。

以上のような地理的優位性(私たちはそう考えている)を活かし、五ヶ瀬町では様々なまちづくりを実践している。紙面の都合でこれ以上は紹介しないが、是非一度HPを参照いただきたい。

最後に、これからの私たちに必要なのは自治体経営をしていく「知識」はもちろんであるが、ピンチをチャンスに変えようとするエネルギッシュな心、前例にとらわれず果敢に時代を切り拓こうとするアグレッシブな心、住民の想いを推し量る優しい心、等々常に時代との競争に打ち勝とうとする「意識」そのものであると、私は考えている。

重要なのは「知識」より「意識」である。まだまだ私たちのチャレンジは道半ばであるが、必ずや次に続く世代が志を完結させてくれるものと確信している。  

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