全国町村会

「大利根無情」をふるさとの歌に

千葉県町村会長 東庄町長 岩田利雄

私の子供の頃の思い出は、自宅近くの諏訪神社の境内で鬼ごっこをしたり、黒部川で泳いだり、魚を採ったりしたことです。

高校時代からは、東京で過ごすことになり、その頃から空手を習い始め、東京での学生生活は空手に打ち込む毎日でした。

大学を卒業後は、佐倉市の薬問屋に四年間修行に出た後、家業の薬局を継ぎました。

以来、ふるさと「東庄町」で、お互いの心が通じ合う多くの仲間と住み心地のよさを感じながら、共に歩んできました。

町の高台から見る眺めは雄大です。眼下には水田が広がり、青い水田を涼風が渡ってきます。大利根・黒部の流れ、川面に映る夕陽、対岸の輝く夜景。水と緑のすばらしい自然が、いつも爽快感や元気を与えてくれています。

 利根の 利根の川風 よしきりの 
 声がつめたく 身をせめる
 これが浮世か 見てはいけない
 西空見れば
 江戸へ 江戸へひと刷毛 あかね雲 
 (せりふ)「佐原囃子が聴えてくらァ、想い出すなァ……御玉ヶ池の千葉道場か。
       うふ……平手造酒も今じゃやくざの用心棒、人生裏街道の枯落葉か。」
                               昭和34年 三波春夫「大利根無情」

三波春夫さんは、この歌をNHK紅白歌合戦で三度歌われました。

私は、今、町長の職にありますが、町外での宴席では、よくこの歌謡浪曲を歌わせていただいています。それは、ふるさとの歴史や風景が描かれた歌であるという思いと、昭和を代表する国民的歌手 三波春夫さんの大ヒット曲で全国的にも有名であるということからです。

そして、私が中学生の時に他界した父親は、三波春夫さんの歌が大好きでした。「雪の渡り鳥」などのレコードが遺り、私の中に三波春夫さんの歌は、父親が好きだった思い出の歌として残りました。

今、魅力ある地域づくりには、歴史や文化を知ることから始まり、今あるもの、引き継がれてきた古き良きものを大事に残しながら、不足しているものを補っていくという着実な歩みが必要です。

時々、地元で開催される中学生時代の同窓会では、町外に出て生活をしている同窓生は、一様にふるさとへの懐かしい想いを語ります。

ふるさと東庄町は豊かな自然が健在であり、向こう三軒両隣りの人情も、時代とともに形は変わりつつも、現在でも息づいています。私が東京での生活に見切りをつけて、帰ってきたのも、その「豊かな自然」と「人情」が忘れられなかったからでした。

ふるさとは、まさしく人であります。

人は、ふるさとのなかで成長し、やがて自分のふるさとを創っていくもの、「ふるさとが、人を育み、人がふるさとを創る」。

何よりも大事なのは、そこに住む人達であり、受け継がれてきたものや“おたがいさま”の心で「人」を大切にすることです。

そしてまた、次世代に引き継いでいくこと。

私は、これからも「大利根無情」を、大きな声を張り上げて歌い続けます。

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