全国町村会

地方自治体の自治能力とは

群馬県町村会長 榛東村長 真塩 卓

定常社会の到来
北海道大学の佐藤誠教授は、昨年発行の町村週報第2683号で次のように述べています。「今回の世界経済の危機は、景気の間題ではなく、歴史的な経済・産業・暮らしの抜本的な大変革の問題として受け止める必要がある。巨視的に、近代以降の爆発的な産業発展が終わり、雇用や所得の成長が止まる定常社会の到来と認識すべきである。これからは、貨幣数量のリッチネス追求から、健康で美しい暮らしのウェルネスを実現することが中心課題となる。」効率一辺倒の価値観を転換すべきであるということだと思います。

団体自治のみを重視した効率一辺倒の平成の合併
この価値観の転換期に当たり、改めて平成の合併を住民の幸福度(生き甲斐)の観点から振り返ってみたいと思います。平成の合併においては、国の財政再建を進めることを目的として、なりふりかまわずに市町村の数を減らす政策が推進されました。合併特例法においては、町村どうしが合併する場合には、市となる人口の要件を5万人から3万人に緩和する特例措置が規定され、地方自治史に汚点を残しました。「地方分権の受け皿たり得ない町村は、地方分権時代にふさわしくない自治体であるから、合併すべきだ。」「自主財源が少ないのに、自立できるのか。」等々。効率第一の団体自治のみを重視した議論が横行し、府県やマスコミもそれに同調しました。「合併は善、合併しないは悪」や分業社会の我が国において自己完結の自治体は有り得ませんが、「人口規模が大きい自己完結できる市は自治能力が高く、人口規模が小さい町村は自治能力が低い」という決めつけもありました。そして、いまだに自己完結のための「基礎自治体の強化」が地方行政の課題とされています。

住民自治が軽視された結果
その平成の合併の現時点における結果がどうであったかと言えば、福島大学の今井照教授の調査によると合併自治体ほど地方債残高が多いという結果になるとともに、マクロで見ても日本の財政は平成の合併以後も悪化しています。また、周辺部の旧市町村地域の活力喪失、住民の声が届きにくい、住民サービスの低下、旧市町村地域の伝統・文化、歴史的な地名などの喪失等の実態が全国町村会の評価はもとより総務省が今年三月に公表した「平成の合併の評価」においても指摘されています。団体自治ばかりを重視し、住民自治が軽視された結果ではないでしょうか。

行政と住民の関係の濃厚さ及び住民の連帯意識の強さこそ「地方自治体の自治能力」
一番の問題点は、自治体の規模が大きくなり行政と住民の距離が遠くなり住民の声が反映されにくくなったことだと思います。自治体の人口規模が大きくなれば、それに反比例して、住民一人あたりの存在感及び発言力並びに当該自治体の運営に対する住民としての責任が小さくなり、住民の連帯意識も希薄となります。そして、住民が最も生き甲斐を実感するとされている公益に貢献する出番も少なくなります。

このことに関し、黒澤丈夫元群馬県町村会長は論文「地方自治と分権」(広報『群馬自治』平成10年1月号、群馬県町村会HP掲載)の中で地方分権及び住民自治の意義を次のように述べています。「地方の事務は、身近なことが主であるから、住民に理解し易く、その効用や必要性等を判断して、住民負担の是非についても考え易い。こうして、属する社会のことを共に考え合う所から、同一自治体の住民としての連帯意識や協力の心が育って、名実共に自分達が地域社会の主人公であると常に意識するようになる。これが地方分権の真の効果であろうが、このことが引いては国家に対する連帯意識をも強め、国民を国家の真の主権者に育てることになると確信する。」地方分権及び住民自治についての至言だと思います。そして、行政と住民の関係の濃厚さ及び住民の連帯意識の強さこそ「地方自治体の自治能力」であると確信いたします。

私は、これからの定常社会においては、住民の幸福度(生き甲斐)の観点からは、住民が地域社会の主人公になれる住民自治を重視すべきであり、住民自治の質が高い市町村ほど自治能力の高い自治体だと確信いたします。効率一辺倒の「基礎自治体の強化」論はそろそろ転換すべきです。  

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