全国町村会

伊根町が伊根町として在り続けるために

京都府伊根町長 吉本秀樹

伊根町は京都府北部、丹後半島の北端に位置し、東から北は日本海に面し、南は宮津市に、西は京丹後市に隣接しています。面積は62.00平方qで、約80%が森林、人口は2,600人足らずの小さなまちです。昭和の合併で4つの村が合併して誕生した伊根町は、内陸部には二級河川の「筒川」を中心に農地が広がり、小規模集落が点在しています。また、美しい海岸線のわずかな平地に漁業集落があり、府下有数の漁業の町を形成しています。この海と山の雄大な自然と、人々の温かな繋がりに包まれた暮らしが私たち町民の誇りであり、財産です。

伊根町は特に漁業の町として繁栄してきました。また、全国的にも有名な「舟屋」の景観や、「浦嶋太郎伝説」「徐福伝説」の他にも民俗芸能、衣食住にかかわる有形・無形の文化財など多くの資源がそのまま残された魅力ある町です。平成5年には、NHKの連続テレビ小説「ええにょぼ」の全国放送により、交流人口が増加しましたが、現在は25万人前後で横ばいの状態が続いています。

平成の合併論議において、私は、町会議員2期目で1市4町の合併を推進する立場の与党会派に所属していましたが、その協議が不調に終わり、その後に持ち上がった1市1町の合併論議では、町内を二分する激しい論争があり、合併の可否を問う住民投票を行いました。結果は合併に反対が賛成を上回りましたが、その後に合併を推進する請願が出されました。私は住民投票の結果を重く受け止め、不毛な混乱を続けることに終止符を打ち、単独の町として生きることを決意しました。単独の町づくりを住民の総意とした町の一体感を醸成し、身の丈にあったまちづくりに邁進しようとの思いで立候補し、この職責を担わせていただくことになりました。

合併論議は、三位一体の改革の中で、地方交付税の大幅削減が行われ、これが合併しないとやっていけないという大きな理由でした。私が就任したとき、周りから「伊根町は赤字再建団体になる」とか「消えてなくなる」などと言われ内心では正直恐ろしい思いをしました。しかし、「伊根町が伊根町として在り続けるために」との思いから健全財政確立をまちづくりの第一目標として町民一人ひとりの理解を求めました。町民、議員、職員一体となり財政再建プランを着実に進めるとともに、まちづくりの為借金もする、しかし、借りる額を返した額以下に抑えれば、借金は減ります。入ってくる額以上に出さなければ、残りは貯金できます。単純なことです、やるかやらないかです。就任時の一般会計地方債残高39億6,240万円が29億6,218万円に減少、財政調整基金4億1,804万円、減債基金34万円であったものが、僅かずつですが、増加しています。

また、町民税の超過課税やし尿汲取り料、保育料、住民票や各証明手数料などについても、引上げ前に戻すことができ、皆さんのご理解による賜物と深く感謝しています。

職員にも合言葉のように「いままでは」の感覚を捨て「これからは」の意識を持てと訓示しています。すなわち職員自ら地域の課題をみつけ、対策を考え、実行し評価する自立的な仕事のやり方が求められています。そして、伊根町がその成果の基に、独自のあるべき形を自ら考え構築することが、生きる道であると思います。激動の時代を生き残るのは、強い者でも、賢い者でもなく、時代の変化に順応できる者であると思います。平成19年度から、インターネット公有財産売却、カップリングパーティー、エコリューション事業、同窓会サポート事業、職員窓口制度、困りごと助け隊、商工観光業開業支援事業、活き生きまちづくり応援事業など新たな取り組みに挑戦しています。「やる気を出せ、理想と勇気だ、情熱を持て」などと声高に唱えるものの、確かに精神論では飯は食うことができない。しかし、そこから生まれる精神力が事をなすものと確信します。今後も、何事にも目的意識を持って意欲的に仕事に臨むこと、その姿勢を持つことが、私や職員のみならず町民の皆さんにも大事と心得ます。「小さなまちの良さを最大限生かしたまちづくり」を進めていきたいと考えています。

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