全国町村会

愛郷無限に想う 火山との共存

鹿児島県桜島町長  竹ノ下 光

 いにしへに誰かいひけん桜島
   つくしの海に富士をうつして

と細川幽斉が詠んだ桜島。波静かな錦江湾に浮かぶ桜島は、鹿児島のシンボルである。

古くから詩に詠まれ、絵に描かれた雄大で美しい山は、人々の心を引きつけて離さない壮大な魅力を持っている。

豊かな火山の恵みは、桜島に住む人の宝であり誇りであり、世界の桜島というゆえんでもある。

桜島の誕生は、今から約1万3千年前に錦江湾にその姿を現し、人は縄文後期約4千年前から住んでいたようである。

桜島という地名の由来に、神話に登場する木花佐久夜姫が島の御神体として奉ってあったことから、咲夜島、桜島と呼ばれるようになった説、ほかに、桜島が湧出したとき、海上一面に桜の花が浮いていたという説など、桜島という名の響きにはロマンチックな言い伝えがある。

桜島の噴火の歴史は、和銅元(708)年、文明、安永、大正、昭和、いずれも溶岩の流出を伴う大噴火を繰り返してきている。

なかでも大正3年の大噴火は約30億トンの溶岩を流出し、瀬戸海峡を埋め、島だった桜島を大隅半島と陸続きにした。一方の桜島の中心地、横山地区では、小学校、役場、郵便局、住宅などが埋没し、沖合500mの烏島を飲み込み、海中に950mの溶岩を突き出し、800平方kmもの広大な溶岩大地を形成。島の周囲を12qも大きくした大噴火であった。

昭和30年から火山灰を伴う爆発が、半世紀近く続いている。

桜島の歴史は、まさに噴火そのものの歴史であり、火山との共生、共存の長い歴史の継続でもある。

想像を遙かに超える火山災害を、血のにじむような不屈の思いで克服して、豊かな郷土の礎を築いてくれた偉大な先人の努力と知恵に、日々感謝の念で一杯である。


○火山災害から悟ったもの

長い噴火災害の経験と歴史の中から生まれたのが「子弟の教育」であった。いつ噴火するかわからない桜島に住む子どもたちに、独り立ちできる教育を身に着けさせようという熱い思いから、当時3万円の借金をして鹿児島市への通学船として開設されたのが昭和9年、村営桜島フェリー誕生の歴史である。

先人の教育に対する強い思いを受け継ぎ「教育立町」として、幼小中一貫教育や、いつでもどこでも学ぶ生涯学習の振興に取り組んでいる。また、サッカーの町としても力を入れ、現在、3人のJリーガーが活躍している。

○火山の町の宝さがし 桜島大根がギネスに登録される

火山灰土壌に最も適した桜島大根の栽培に着目した、先人の知恵に学ぶものがある。

この桜島大根を世界的なブランドにしようと平成13年2月に、世界一大きい桜島大根コンテストを開催し、重さ21kg胴回り108cmギネスに登録、2回、3回開催する度に記録を更新した。今年の記録は、重さ31.1kg胴回り119cmで間違いなく世界一としてギネスに更新登録されることになるだろう。

世界一たくさん実をつける桜島小みかんをギネスに登録しようと、小学生200名による収穫祭を平成14年12月に開催。なんと一本の樹から611kg、16,007個を収穫、ギネス登録申請中である。

来年で創立70周年を迎える町営桜島フェリーは、昭和59年に24時間運航を開始、今では1日176便704km走り、年間の利用者520万人を超え、車両160万台を運ぶ日本一、世界一の記録としてギネスに登録の申請をするようにしている。 

また今年2月、国内初の完全バリアフリー船第十八桜島丸「プリンセスマリン」の就航は、利用者に「優しさ」「楽しさ」「癒し」の公共輸送機関として、愛されるものにしていきたい。

私たち桜島町の歴史は、火山との共生、共存をキーワードに、先人たちの生き方に学び、郷土を限りなく愛する「愛郷無限」の志を受け継いでいくことであるとあらためて想う。

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