全国町村会

原産地紀州犬とともに

和歌山県美山村長  池本 功


和歌山県の中央部に位置する山村美山村。今年も各地から梅雨前線豪雨の災害が報じられている。

半世紀前、昭和28年7月18日の紀州大水害の悲惨な光景が目に浮かぶ。村内で164名と県下最大の死者・行方不明者を出した被災地美山村である。

いずれの災害も背後からの土石流による災害が主であり、山村、山に囲まれている村の悲劇であった。また、林業の不振はとどまるところを知らず、厳しい山村の状態は山村行政の悩みである。

ところで、視点を変え公務を離れて、紀伊山地が原産の紀州犬についてご紹介してみたい。

紀州犬は、文部科学省から天然記念物として指定を受けている。その特色は沈着怜悧。普段は非常におとなしいが、猪猟につれていくと勇猛果敢、絶対に後ろに引かない烈しい性質を持っている。

三十数年前、私は隣村中津村の井原由蔵さんから一頭の雌犬を託された。「これは血統の良い犬だ。この犬を基礎として、紀州犬の原産地として血統を守ってくれ」と依頼された。

井原さんは日本犬保存会審査員、紀州犬保存会の審査部長として活躍され、また紀州犬の作出においても全国的に名を知られた方である。私はこの言葉を大事に受けとめ、より良い紀州犬を育てようと決心した。

私はそれまで鉄砲を持ったこともなかったが、姿芸両全の紀州犬を育てるために狩猟を行うようになった。毎年狩猟にいくのも犬を鍛錬するためである。井原さんから託された犬は雪姫号と言い、紀伊号と交配を行い誕生したのが寒の一つ子大力号である。

大力号は生まれて8ヶ月のとき、運動中に私のとめるのも振り切り山中にかけ入り、猪の牙に逆にやられた。腹を割かれているのを見て、早く自宅に連れて帰り傷の治療をしようと考えたが、猪を追ってなかなか帰らずあきらめた。その後、床下に潜り込んで出てこない。そのまま一週間ほどじっと体力の消耗を防ぎながら、自力で傷を治してしまった。原始の犬と言われる紀州犬のたくましさに私も驚いたのであった。

大力号はその後、(社)日本犬保存会の本部展覧会において、最高の内閣総理大臣賞を受賞。久々に原産地和歌山に最高賞をもたらした。審査評として、「渋味のある顔貌であか抜けのした構成は抜群の素質を十分表現している」という評価を受けた。

手前味噌になるが、大力号の血統を引く紀州犬で数多くの犬が、その後各地の展覧会で内閣総理大臣賞、文部大臣賞などに入賞し、私の犬舎号、紀州美山荘も優良犬を作出した功労により、日本犬保存会ならびに紀州犬保存会よりそれぞれ優良犬作出奨励賞を受賞している。

これらの犬は、白毛の紀州犬であった。現在、全国各地で飼われている紀州犬は、一部猟師に使用されている有色紀州犬以外は白毛の展覧会オンリーの風潮に影響されて、白一辺倒になっている。さらに、喧騒な点も気にかかる。昔は有色の紀州犬がたくさんいた。むしろ、有色紀州犬に優秀な犬が多くいたと聞くところである。

私は十数年前に、昔のような獣猟にも展覧会にもいく紀州犬の復活をさせたいと思い、取り組むこととした。

先祖に有色の血を引く我が家の白色紀州犬の雌犬から繁殖を始めた。白色、有色、斑の子犬が生まれたが、何代かの交配を重ねるうちに現在はほとんど有色犬ばかりの出生となっている。赤、赤胡麻、黒胡麻、めた毛等、それなりに昔の毛色の評価も受ける犬もできてきた。

今後、私だけでなく、紀州犬愛好家の方々に有色の血統と毛並みを守り、今少し有色紀州犬を見直していただきたいと願うところである。

白色、有色を問わず、生きた文化遺産の天然記念物紀州犬の正しい血統の保存に向けて、なお一層の心配りを念じながら、山村生活に生きがいを求めている昨今である。

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