全国町村会

メタセコイアの町

香川県三木町長 石原収

「メタセコイア」は、和名をアケボノスギと称し、樹高が35メートルにも及ぶ巨木である。成長が早く幹も高く、直立してすくすく伸びるので、飛躍や発展をイメージさせる、魅力的な樹木である。

約100万年前に恐竜とともに絶滅したと思われていたこの巨木は、私達三木町の生んだ植物学者・三木茂博士(元京都帝大講師・大阪市立大教授)の研究業績により、現代に蘇ったと言っても過言ではない。というのは、昭和16年、当時40歳の博士が、それまでの化石の研究を通じてその種属を特定し、メタセコイアと命名したからである。その4年後に、中国四川省の山地に現存することが発見されたため、その生存を推論していた博士の業績は、一躍世界的評価を得ることとなった。

このようなことから、メタセコイアは、「生きている化石」と呼ばれ、一時大変有名となったのである。戦後になって、苗木が米国を経て我が国に移入されたが、特に三木町では博士の郷里であったことから、町内の大学や中学校の校庭などに、メタセコイアが植えられるようになった。

私は、町長就任直後から、このメタセコイアを町のイメージアップや町づくりに生かせないか、日々その想いを強くするようになった。私の提案により町議会の賛同も得て、メタセコイアを「町記念樹」に指定したのは、昭和62年1月のことであった。ちょうどその頃、竹下登元首相が「ふるさと創生」を提唱され、地方交付税を活用した「市町村一律1億円事業」がスタートしたのである。

三木町では、この1億円でどのような施策を進めるべきか、町民の関心も高まり、いろいろなアイデアが出されたが、各界の代表者による懇談会にその結論をゆだねるところとなった。この懇談会における活発な議論を経て町長に答申されたのが、メタセコイアに着目した2つの構想であった。

1つは、生きた化石・メタセコイアと自然林を生かした「太古の森」を整備しようというもの。もう1つは、「メタセコイアの町」にふさわしい、中ホールを備えた本格的な総合文化施設の建設を企画してみてはどうかというものであった。このうち、特に「太古の森」については、そのネーミングが絶妙であったため、当時の県庁の担当課職員も、感嘆したと言われている。

「太古の森」は、町中央部に位置する山紫水明の丘陵地(約4ヘクタール)に、メタセコイアを2,700本植樹。そのほか、自然林の保存を図るとともに、ティラノザウルスなど3頭の実物大の恐竜模型も配置され、平成5年5月に完成した。

この森は、生物の悠久の歴史と進化の過程を学びながら、緑と自然に対する理解を深めることができる工夫が施されており、今や多くの人々が訪れ、憩いの場ともなっている。

一方、総合文化施設構想は、その後自治省のリーディング・プロジェクトに指定され、平成9年4月、芸術文化の殿堂「三木町文化交流プラザ」として、その雄姿を町中心部に現わした。全国でも市町村レベルではトップクラスの設備と機能を備えた、800席の中ホールは、メタセコイアにちなんで「メタホール」と命名。音楽・舞踊・演劇・イベントなど多彩な催しが行われ、その利用率も高く、大変好評を博している。

平成13年は、三木茂博士の生誕100周年に当たる。昨年12月1日には、記念行事がこの「メタホール」で盛大に開催され、多くの人々が博士の偉業を称えた。町南部の博士の生家跡には、既に資料館も整備されており、訪れる人々に博士の偉大な足跡を伝えている。

我が町「三木町」が、名実ともに「メタセコイアの町」にふさわしく、なお一層飛躍発展することを念願してやまないところである。

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