全国町村会

上杉鷹山公に学ぶ

宮城県富谷町長 若生照男

我が町は人口3万7千人、宮城県のほぼ中央に位置し、船形連峰と七ツ森を望む美しい自然に恵まれたまちであります。

明治22年の町村制施行により、富谷村が誕生して以来、昭和38年4月1日に町制施行し現在に至っており、さまざまな歴史や伝統文化が現在も町民の手によって大切に守り継がれております。

豊かな緑と永い歴史に育まれながら、まちに暮らす人々のみずみずしく澄んだ笑顔が、最高の財産であり、魅力あるまちを創造する最大のエネルギーであると思っております。

そして、すべての町民が健やかに暮らせるまちづくりには、1人ひとりの地域に対する愛着と思いやりの心が何よりも必要であり、転入されてくる方々が『新しいふるさと』として住んでいただけるよう、我が町では『ゆとりのあるふるさとづくり』を基本理念としてまちづくりを進めております。

国においては、これまでの国、地方を通ずる行政の組織、制度の在り方、行政と国民との関係等の抜本的な見直しと新たな行政システムを構築する必要から行政改革大綱を定め、本町においても21世紀を目指して職員共々全力で行政改革に取り組んできました。

近年、少子・高齢化、国際化、高度情報化の進展と人々の価値観の多様化など、社会的、経済的な変化が現れる一方、福祉ゴールドプランの策定、更に地方分権推進法の施行にみられるように、政策の主体が市町村に移行しつつある中で、本町においても大規模住宅団地の開発が進み、人口が急増し全国各地からの転入者で、住民ニーズの多様化と環境の変化に合せ、行政全般にわたって見直しを行い、限られた財政の中で住民の満足度が向上する行財政運営を行うため、より多くの知恵を集結し、今後も更に、事務事業や行政組織の見直し、住民サービスの向上、行財政運営における経費節減などに取り組み、平成15年4月に町制施行40周年を迎え、更に新庁舎の開庁を迎えようと準備を進めているところです。 

現庁舎が完成した昭和45年当時、本町の人口は5千人余で推移していましたが、私が町長に就任した昭和58年には1万6千人に達し、毎年1000人位ずつ増加しておりましたので、翌59年6月には、将来の新庁舎建設に向けて『庁舎建設基金』を設置しました。経費を節約しながら毎年積み立て、17年が経過した平成12年度末には、目標にしていた30億円を達成することができ、いよいよ本年、無借金で新庁舎建設事業に着手し、平成14年末完成へ向けて動き出したところであります。

この間、職員に対しては常に『納税者の立場になって!』と言い続け、平成8年度からは、経費抑制の一環として、宿泊を伴う出張の自粛、更に段階的な日当の廃止に取り組んできました。初めは近隣市町村からの批判や職員の不満もありましたが、今となっては大半の自治体が同じように取り組んでおり、時代の流れになってきたと思っております。

各自治体とも国の施策に対応した地方債の増発により、多額の借入金残高に頭を痛めていると思いますが、本町も例外ではありません。人口増に伴う小中学校や諸施設の整備が続く中、交付税措置のある起債のみを選び、毎年繰上償還をしながらやっと平成12年度末の残高が、前年度末を下廻る数字となったところであります。

更に町内34施設の機械警備業務について、これまでの単年度の契約更新方式を改め債務負担行為を活用し、原則5年間の継続契約としたことにより、事務処理の効率化と経費節減の両面から効果を発揮しております。

ますます厳しくなる行財政運営ではありますが、財政危機に瀕していた米沢藩を見事に蘇らせた上杉鷹山公を教訓に、新しい発想で、夢と希望あふれる21世紀の富谷町を職員と一緒に創っていきたいと思っております。

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