全国町村会

男を張る

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2418号・平成14年11月11日)

男を張る―いささか古風なこんな言葉が、いまの若い人に通用するかどうか。

Aさんは77歳。夫婦二人きりの生活だが、3年前に奥さんが倒れた。循環器系の病気で、身体が思うように動かせない。当然のことながら、家事と介護のすべてが、Aさんの全身にずしりとかかってきた。ヘルパーをと考えたが、奥さんは他人が家の中に入るのが絶対いやだという。それならやれるところまで、やってみようと覚悟をきめた。

毎日の朝昼晩の食事づくりにもなれた。問題は介護である。トイレにつれていって座らせるとき、身体のどの部分をつかみ、どこを支えたらよいかの要領もわからず、苦労の連続だった。手を取って、いっしょに歩く調子も、不器用な老人には案外難しく、よく喧嘩にもなった。

富山県八尾町に「風の盆」というよく知られた盆踊りがある。踊りのふりの優雅さ、胡弓の音色の流れは、ゆったりと伸びやかだ。元気なころ、二人で見物に行った思い出がある。そうだ、あの調子で手を取って歩いてみようというと、彼女は初めてにっこりと笑ったそうだ。

そうしたある日、疲れた身体を横たえて新聞を見ていると、次のような文章が目にとまった。「何ごとにも向き不向きというものがあるとか、思いやりや気ばたらきが大切だなどと、ごたくを並べるよりも、まず手を出して支えてやることが先決だ」そんな意味のことが書いてあった。そして、「いまどき、男を張りたければ、介護しかない。まず手をさしのべることだ」とも書いてあった。「男を張る」という言葉に、百万の援軍を得た思いがして、くじけかけた心が、すっと立ち直るほど力があった。

Aさんは、介護と家事のあいまに、近所の銭湯が唯一の楽しみである。首まで湯につかり、目を細めがら時々つぶやく。「亭主ぼけ妻はねたきり長寿国」―しかし、この亭主はぼけていない。長年妻を支えて77歳喜寿の「男を張って」見事に生きている

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