全国町村会

モノ集め

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2402号・平成14年6月17日)

数多くの衣装や宝石に囲まれて、にこやかにおさまっている人たち―そんなテレビ番組に出会うことがある。さぞ仕合わせなことだろう、と友人にいったところ、モノがあり余って、捨て場に困っている昨今だ。沢山持てばよいというものではなかろうと、18世紀のロシヤの女帝エリザベーターの話をしてくれた。

彼女は富と権力にまかせて、集めた衣装が1万5千着にもおよんだが、それでも仕合わせな気分にひたることができなかった。しだいにいらいらが高じて、農奴制を強化するなど、ヒステリックに権力の集中に没頭する。それでもなお、不満な日々をどうすることもできなかったというのである。

衣装や宝石、香水にもあきてしまった王妃が、時計の収集に夢中になったという話もある。時計がまだ大変貴重なものだったころ、億万金を投じて集められた数多くの時計は、宮殿の要所要所に置かれた。いずれも当代一流の名人上手の手になるものばかりである。一定の時間になると、宮殿のあちこちから、一斉に時を告げ、宮殿が美しい音色につつまれていった。

ところが、半年、1年とたつうちに、さしもの名工の手になる時計にも狂いが生じてくる。早く時を知らせるもの、遅くなるもの、勝手気ままに鳴り始めるものが出てくるようになった。1つ1つの音色が、個性的で美しいだけに、はたしてどれが真実の時を告げる時計なのかわからなくなってしまった。  怒った王妃は、お気に入りの1つだけを残して、あとは全部打ち壊してしまった。しかし、残されたたった1つの「お気に入り」は、はたして真実の時を知らせてくれるものなのかどうか。その姿が美しく、音色が爽やかであればあるほど、王妃の心はいよいよ不安で、いらだつばかりだったというのである。

「玩物喪志(がんぶつそうし)」というのは、中国の古い言葉である。いたずらにモノを集めてもてあそぶだけでは、モノの本質を見失ってしまうということであろう。そしてこの言葉は「玩人喪徳(がんじんそうとく)」につづく言葉である。

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