全国町村会

不快指数

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2365号・平成13年7月30日)

猛暑だ異常気象だといわれると、温度計についている「不快指数」を、ついのぞきこんでしまう。70を超えると不快を感じ始め、75では半数が、80以上になると全員不快ということになっている。

米国製のこの気象用語、かなり以前からあったらしいが、日本では昭和36年に使ってみると、これが爆発的に大流行した。関係者も首をかしげるほどだった。

考えてみると、前年の昭和35年は、騒騒しい年だった。いわゆる「60年安保」で、国会議事堂が1万7千人ものデモの人たちに包囲される。あるいは浅沼社会党委員長が刺殺されたり、そうかと思うと、「国民所得倍増計画」が、池田内閣によって決定され、「いまや、わが国は経済大国」と胸を張って踏み出すという、時代の変革を身近かに予感させる雰囲気もあった。

このような時代に「快・不快」という、もともと人間にとって感覚的なものを、気温と湿度をからみあわせて、数字によって表現するという「不快指数」。いかにも現代的で、時代の風潮にマッチしたのが、大流行の原因であろう。

昭和2年7月23日の東京もむし暑かった。気温三五度、不快指数にいたっては、86にまではね上がっている。ひと夏に1日か2日しかないという寝苦しい夜だった。その翌日の未明、大正時代を代表する作家の芥川龍之介が自死した。その日はまた、前日とはうって変って、気温が26.8度に下がるという激変ぶりである。

この年は、金融不安が広がり、さらに世界的な不況の影響もあって、昭和の大恐慌―戦争―敗戦という暗い時代への予感もあった。芥川は、その遺書に「未来に対するぼんやりとした不安」と書き残している。

変革の気配を感じながらも、具体的にはまだ見えてこないいらだち―。遠雷の音をきき、「不快指数」を見ながらの感慨である。

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