全国町村会

「二月十二日」

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2301号・平成12年1月31日)

物の値段についての資料を見ていたら、数字のなかから、全国町村会の創立のことが急に浮かんできた。小学校教員の初任給が、12円〜20円というのが大正7年である。それが2年後の大正9年には、いきなり40円〜55円と、3倍にもなっていた。

第1次世界大戦後の経済の変動によるものだろうが、これには全国の町村長もさぞ驚いたことだろう。明治五年、国は義務教育の制度を設けたが、その費用は市町村で負担せよと義務づけられていたからである。

大正7年ごろの町村長の月給は30円くらいだった。といっても、名誉職といった考え方が強く、1年間に30円の人もいたり、あるいは無報酬の人も決して珍しいことではなかった。

総理大臣の月給は1,000円である。1年間で1万2千円。当時の町村の財政規模は4、5千円がほとんどで、1万円ともなれば、大町村だといわれたものである。総理大臣の1年分の俸給よりも、はるかに少い予算で、町村の行政がまかなわれていた時代である。

そうした時代であったので、小学校の先生の給料だけで、町村の予算の5割から6割にもなってしまい、ひどいところでは八割にもなったといわれている。土木や産業などの予算は極端に切り詰められていたし、衛生関係にいたっては、種痘をすると、あとは伝染性の眼病であるトラホームの検査しかできないありさまだった。

このようにして、義務教育の費用は、町村の財政を圧迫しつづけてきた。重要な義務教育は元来国の仕事である。その経費を国でまかなってほしいという声が、以前からあったところへ大幅増額である。大正9年には三重県町村長会の主唱によって「小学校教員俸給国庫支弁」についての協議会が東京で開催され、さらに進んで翌年の大正10年2月12日には、全国町村長会の創立、一万二千町村が組織された。「2月12日」は、その記念日である。

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