全国町村会

カナリア

読売新聞東京本社論説委員・コラム『編集手帳』執筆者 竹内 政明
(第2938号・平成27年10月26日)

夏目漱石は伊豆・修善寺温泉で吐血し、人事不省に陥った。1910年(明治43年)の夏、世に言う「修善寺の大患」である。生死の境界をさまよい、 小康を得た。〈横に見る世界と竪に見る天地と異なることを知る〉と日記に書いている。健康な日々が「竪」の暮らし、病床の時間が「横」の暮らしだろう。

横に見る世界では人の情けが身にしみたらしい〈仰向に寝た余は、天井を見詰めながら、世の人は皆自分よりも親切なものだと思った〉(『思い出す事など』)。医師や看護師は申すにおよばず、 友人知己から見ず知らずの人までが寄せてくれた厚情に心から感謝する気持ちは、大病を経験した人ならばご存じだろう。

かく申す私もその一人である。7月に脳梗塞を患い、半月ほど入院した。手当てが早かったおかげで、発症から4時間以内に用いれば血栓の相当部分を溶かすことができるという薬剤が間に合い、 後遺症は幸いそう重くない。9月からコラム書きの仕事に復帰している。仕事に影響するほどの後遺症をひとつ挙げるとすれば、人の情けが身にしみすぎて気持ちが妙に優しくなったことである。

女優の高峰秀子さんは若い頃、映画監督の山本嘉次郎に教わったという。「普通の人でもタクアンは臭いと思うだろう。でも、俳優は普通の人の2倍も3倍も臭いと感じなきゃダメなんだな」。回想談にある。 タクアンはもののたとえで、喜怒哀楽の感受性を指しているのだろう。

コラム書きも俳優と同じく喜怒哀楽、なかんずく世の不正に対しては人の2倍も3倍も公憤を感じなくては務まらない商売である。それが退院してからというもの、 やけに人間がまるくなってしまったことに我ながら少々困惑している。怒りを忘れたコラム書きもいずれは歌を忘れたカナリアのように、「うしろの山」に捨てられるさだめかもしれない。

〈生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉〉(漱石)。まあ何はともあれ、生きて秋の空を仰ぐことができた身である。うしろの山もまた楽しからずや。そう思わぬでもない。

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