全国町村会

「横」に見る世界

読売新聞東京本社論説委員・コラム『編集手帳』執筆者 竹内 政明
(第2761号・平成23年5月30日)

夏目漱石が伊豆・修善寺で吐血し、人事不省に陥ったのは1910年(明治43年)夏のことである。生死の境をさまよい、小康を得た。

日記に、〈横に見る世界と竪(たて・縦)に見る天地と異なる事を知る〉と書いている。「横に見る世界」とは病床から眺めた世の中をいうのだろう。

終戦以来、石油危機やバブル崩壊といった体調不良に見舞われた時期は幾度かあったものの、日本人はもっぱら健康体の「縦」から世の中を眺めてきた。望まざる「横」の目をもたらしたのは東日本大震災である。被災地域に限った話ではない。国の財政ひとつを取り上げてみても、復興にかかる費用の負担は予算配分の変更や税制の改訂という形で最終的には国民一人ひとりに及ぶ。すべての市町村がしばらくは病床にあって、「横」の目をしいられることになる。

漱石は病床で友人知己の温かい思いやりに接し、人の情けが身に染みた。〈世の人は皆、自分より親切なものだと思った〉といい、それを教えてくれた〈病に謝した〉とまで書いている。

万余の人命を奪った津波に感謝することなどは断じてあり得ないが、震災を通して、大切にすべきものは何であるかが見えてきたのもたしかである。

東北地方の破壊され尽くした光景を新聞やテレビで見た人の胸には、わが町、わが村を今まで以上にいつくしむ心が芽生えたに違いない。美しい里山や棚田をいかにして守り、その土地その土地にまつわる伝承や習俗、伝統芸能のタスキを次の世代につないでいくか。郷土の地理と歴史を学ぶことの意義は、これから一段と重みを増していくだろう。

ふるさとをこれまでよりももっと、生まれて誇り高く、住んで心地よく、訪ねて楽しい土地にしていく。そうでなくては、不幸にして亡くなった人たちに合わせる顔がない。

私たち自身が望んだ結果として授かったわけではないにしても、授かった以上は大事にしたい「横」の目である。   

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