全国町村会

ふるさと仕分け

読売新聞東京本社論説委員・コラム『編集手帳』執筆者 竹内 政明
(第2750号・平成23年2月21日)

北海道・富良野の居酒屋で、主人公の五郎(田中邦衛)が隣り合わせた観光客にカラむ。テレビドラマ『北の国から』(脚本・倉本聰)の一場面である。

「富良野はもっとひらけてないと思った? それはアレですか? 電気も水道もないようなとこ、と。奥さん、よく言うねえ! ハハ、東京から来て、よく言うねえ! 自分らはぜいたくに暮らしといてさ、こっちはもっと貧しいほうがいいの? 住んでるのよ、私たち。生活してるのよ。一日か二日来て、車でそこら見て、ひらけててガッカリした? やめてよオ!」

旅人には旅人の、胸に描いた風景があり、そこに根をおろして生活する人には人の、健康的で快適に暮らしたい欲求がある。カラみ、カラまれるまではいかずとも、毎日のようにどこかの町や村で、「ガッカリだわ」と「やめてよオ」が無言のうちに交錯しているに違いない。

〈ふるさとに入りて先(ま)づ心痛むかな/道広くなり/橋もあたらし〉と詠んだのは石川啄木だが、彼の故郷、岩手・渋民村の人々がこの歌を聞けばやはり、五郎のセリフ「住んでるのよ、私たち」が口をついて出たはずである。

橋であれ、街並みであれ、残すか、変えるか、残すならばどう残し、変えるならばどう変えるか、答えを出す便利な公式があるわけではない。

1956年(昭和31年)に封切られた映画『台風騒動記』(山本薩夫監督)には、老朽化した小学校校舎を鉄筋コンクリートで建て替えたいのに国の予算がおりず、困った村びとたちが台風の夜、暴風被害に見せかけて校舎を縄で引き倒す場面が描かれている。いまならば、旧校舎をいかにして存続させるか、建て替えるにしても古い面影をどう残すかに腐心する人々が描かれることだろう。

ことほどさように、半世紀先、一世紀先を見通した判断を迫られる「ふるさと仕分け」は、政府の「事業仕分け」以上にむずかしい。さりながら、否、であればこそ、悩んでみる価値はある。

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