全国町村会

地名の効能

読売新聞東京本社論説委員・コラム『編集手帳』執筆者 竹内 政明
(第2737号・平成22年10月25日)

歌人の故・塚本邦雄さんは少年の頃、京都にいる義兄にたびたび手紙を書いた。所番地をつづるとき、「法悦にちかい歓びを覚えた」と、ある随筆で回想している。

〈京都市伏見区深草極楽町〉  

並んだ文字には「金色燦然の感があった」と。のちにコトバの魔術師と呼ばれる人の脳裏には、王朝絵巻がありありと浮かんでいたのかも知れない。  

歌人の感性には及びもつかないが、筆者も地名をつれづれの友にしている。いつか、ここに旅する…。ことに気分の沈みがちなときは、時刻表をひらき、あるいは書棚の地名辞典をひもといて、空想の旅を心のクスリにしてきた。

時刻表では、童画の世界にふと誘われるような北海道・JR線の「絵笛」(えふえ)や、宮崎県・高千穂鉄道で一昨年に廃駅となった哀愁の漂う「影待」(かげまち)などはこれまで幾度、服用したか分からない。地名辞典では、江差追分にも歌われた北海道の「歌棄」(うたすつ)や、山口青邨が俳句に詠んだ青森県の「淋代」(さびしろ)などを愛用の常備薬にしている。

地名が心のクスリになるのは、筆者のような空想の旅人に限るまい。その町に住んでいる人にとっても、そうだろう。何年か前に金沢市で、藩政時代に宅地税が銀6枚だったことに由来する旧町名、「六枚町」が復活した。新聞で知り、ひとり深くうなずいたおぼえがある。

金沢市には、住民の申し出を受けて旧町名の復活を進める条例があるという。この先も楽しみなことである。  

大岡信さんに『地名論』と題する詩があった。その一節。  

土地の名前はたぶん光でできている  

観光とは「光を観る」と書く。空想の旅人もいつかは本当の旅人になる。地名が人の心に効くのみならず、財政のクスリにもなる日がいずれくるだろう。

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