全国町村会

日本国憲法と人口政策

東京大学名誉教授  大森 彌(第2926号・平成27年7月13日)

2015年は地方創生元年といわれるが、それは、国が、法律を制定して人口政策に乗り出したからである。「まち・ひと・しごと創生法」は、人口の減少に歯止めをかけるとともに、 東京圏への人口の過度の集中を是正することを目指している。ただし、この人口政策には、これぞという確実な実現方策がない。日本国憲法が国民に保障している2つの自由との兼ね合いが難しいからである。

憲法第22条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」と規定している。ある市町村で生まれ育った人が、その故郷で暮らそうが、他の地域に出て行って暮らそうが自由である。 住民基本台帳法によって転出・転入届は義務づけられているが、どこへ移転し、どこに居を定め、どんな職業に就こうが、個人の自由である。地方創生施策では「地方への新しいひとの流れをつくる」としているが、 この自由を前提にしている以上、地方から大都市への流出を食い止め、大都市から地方への移住を増やすことができるかどうかは、ひとえに、それを可能にする社会経済的な施策の実効性にかかっているということになる。 これは相当に難事である。

また、憲法は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」(第24条)と規定している。 男女が合意に至らなければ結婚は成立しないのであるから、結婚するかどうかは当事者の自由な選択に委ねられている。この自由を前提にして、結婚・出産を促すことになるのであるから、これも相当に大変である。

わが国では、婚外で、同棲で産まれた子どもを社会で育てるという文化は希薄であるから、結婚と出産が強く結びついている。できるだけ早めの結婚の成否が「人口の減少に歯止めをかける」決め手である。 国の「長期ビジョン」では、「2060年に人口1億人」を実現するシナリオとして、現在1.43の出生率を2020に1.6、30年に1.8、40年に人口置換水準2.07に上げていくことを想定している。しかし、 出生率を向上させる方策には「『これさえすれば』というような『決定打』もなければ、これまで誰も気づかなかったような『奇策』もない」と認め、長期的・継続的な取り組みが必要であるとしている。当初は、 出生率1.8を「まず目指すべき水準」としていたが、「我が国においてまず目指すべきは、若い世代の結婚・子育ての希望の実現に取り組み、 出生率の向上を図ることである」と修正した。「結婚や出産はあくまでも個人の自由な決定に基づくものであり、個々人の決定にプレッシャーをあたえることがあってはならない」からである。

日本全体で人口減少に歯止めをかけることができるかどうかは、東京をはじめ、人口が著しく集中し、しかし、 出生率が低い大都市地域(日本人の5人に1人が指定都市で暮らしている)における男女が安心して結婚し子どもを産み、育てられるかどうかによって左右される。その意味では、このたびの人口政策は大都市対策でもある。 そして、大都市に過度に人口が集中したことが出生率の低迷に大きく結びついているのであれば、地方再生と「田園回帰」(「向村離都」)を確実に達成しなければ、この人口政策は成功しない。これを、 50年以上も持続させる必要があるのである。気の遠くなるような超長期政策であるが、国も自治体も、これに乗り出したのであるから目途が立つまではやり遂げる以外にない。

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