全国町村会

「キョウイク」と「キョウヨウ」

東京大学名誉教授  大森 彌(第2868号・平成26年2月3日)

65歳以上の人を高齢者と呼んでいるが、高齢者には個人差があり一律にとらえることはできない。しかし、その数と割合が増えれば、生死観を含め高齢者の生き方が問題になるのは当然である。 

書店をのぞくと高齢者の生き方に関するハウツー本が溢れている。ハウツー本が実際に役立つことはあまりないが、それでも、そうした本が売れるのは高齢者が不安をもっているからである。 老後の不安は「健康、金、孤独」といわれるが、一番難しいのは「ひとり」を生き抜くことである。「ひとり」という自由な生き方を選ぶ人は、 最後は誰かの世話になってと考えるのはおこがましいはずであるから、野垂れ死にする覚悟が必要である。しかし、現実にはそんなに強い自立した高齢者が多いわけではない。 

切ないのは、本人が他の人とのお付き合いを煩わしいとか面倒だとかと考えて閉じこもり、地域社会から身を引き、だれからも声もかけられず、人知れず死んでしまう場合である。 この孤立死を自業自得だと放置するわけにはいかない。地域で暮らす高齢者には、無用な人、無能な人は一人もいない。だれもが、それぞれにかけがえのない存在として、地域の中で役割を担い、 活動の場があってこそ、安らぎと充実感をもって日々を送れるというものである。 

高齢者が元気に毎日を送るための秘訣は「キョウイク(教育?)」と「キョウヨウ(教養?)」であるという。「キョウイク」とは「今日も行くところがある」こと、「キョウヨウ」とは「今日も用事がある」ことだそうである。「今日も行くところがある」というのは「居場所がある」ことで、「今日も用事がある」とは「出番がある」ことだと言い換えることができる。 今日も予定があり身支度を整えて出かけていく。出かけて行った先には気心の知れた人びとがいて、そうした人びとと協力して誰かのために役立つ活動をする。「キョウイク」と「キョウヨウ」は高齢者も主役となって地域を担うときの合言葉であるといえよう。 

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