全国町村会

発酵する空間

法政大学教授 岡崎 昌之 (第2470号・平成16年2月23日)

日本の食文化の特徴は発酵であろう。日頃の食卓に上がる納豆、漬物、基本的な調味料の味噌、醤油、そして日本酒、焼酎などの酒類。多くの食品が、この発酵という過程をつうじて、食文化の基層をなしている。

全国各地にも発酵を活用した伝統的な特産品は多い。琵琶湖沿岸の伝統食である鮒寿司(ふなずし)、新鮮な鯖をヌカに漬け込んで保存食にする日本海沿岸のへしこ鯖、いずれも地域で育まれてきた伝統技術だ。

しかしこの発酵という作用は食品づくりだけのものだろうか。全国の農山村やその農山村の町場(まちば)を見ていると、食品だけではなく、地域にもこの発酵が作用していると思えてくる。それぞれの地域特有の植生に囲まれた集落の落ち着き、伝統的な技術や地元の資材を使って作られた家屋、それらが織り成す熟成した空間。そこに住む人々が入念に手入れをし、じっくりと使い込んでいった生活の場は、まさに発酵する空間ではなかろうか。

それに比べると、郊外の大型店やロードサイドショップは、稼ぎ場所を求めて転々と移動する焼畑商業空間のようだ。それらがいくらもがいても追いつかない、町村の良さが見えてくる。長い発酵作用の下に、現代の農山村の空間が形成されてきたことが分かる。

「みちのくの小京都」と呼ばれてきた秋田県角館町を訪れた。武家屋敷は言うに及ばず、外町と呼ばれる商人の町にも、この熟成した生活空間が息づいている。9月上旬の3日間に行われる角館祭りのやま行事は、平成3年に重要無形民俗文化財にも指定された。祭があるから町に帰ってきたという若者も多い。1年のうち362日はこの3日間のためにある、と彼らは公言する。祭を担う若者達が発酵菌となって、角館を熟成させてきたのであろう。

小京都と称して京都に追随する路線ではなく、重要なのは京都を超える美しい発酵空間を、地元の人々が再認識することではなかろうか。

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