全国町村会

パブリック・ハウス

明治大学教授 小田切 徳美(第2792号・平成24年3月12日)

英国ではパブが日常に溶け込んでいる。小さな村にもパブがあり、そこには地域の人々が集っている。このパブとは「パブリック・ハウス」の省略型であり、古くから地域コミュニティの拠点の機能を持つと言われている。

そこでの人々の楽しみは会話とともに「エール」と呼ばれるビールである。ビールにはラガーとエールがあり、前者は日本で通常飲んでいる冷たいビールである。それに対して、後者は常温または軽く冷やすビールであり、比較的長い時間、会話を弾ませながら、「チビリチビリ」と飲む場面に適している。そして、英国人はこのエールをこよなく愛し、多くの人々が、好みのローカル・ブランドを持っている。

しかし、これを守るためには特筆すべき歴史があった。それは、「キャンペーン・フォー・リアル・エール」とよばれる、1970年代初頭から始まった消費者運動である。当時のパブは、巨大ビールメーカーに系列化され、メーカーは熱処理をするラガーはもちろんエールであっても大量生産に適した新しい製法のビールを提供していた。この運動は、パブにとって一番大切なビールをめぐるこうした状況に異議を唱えて、加熱処理をせず樽で熟成させた「英国の本物のエールを守ろう」というスローガンを掲げた。これは、パブ愛好家の間に急速に拡がった。そのため、その後ほとんどのパブが、各地の特徴的なエールを置き、店員もその知識を競うようになり、今に至っている。この運動の会員は、現在では13万人を越えており、彼らは「欧州で最も成功した消費者運動」と自称している。

英国人はビールをこうして守ってきた。それは、パブが単なる酒場でなく、地域のコミュニティの場であるという意識と無関係ではないように思われる。皆で利用する場であるからこそ、その中心となるものは、皆で愛するものでなくてはならない。

我が国では「パブリック」(公)という言葉には、「官」や「お上」のニュアンスがつきまとう。「公用車」がその典型であろう。しかし、英語ではその意味はごく限定的である。人々が共に利用し、共に守り、そして磨きあげるという意味での「パブリック」の実践を、まさにパブに見ることができる。パブはやはり「パブリック・ハウス」なのである。

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