全国町村会

「信託住民」構想

明治大学教授 小田切 徳美 (第2615号・平成19年9月17日)

「信託住民」という考え方がある。 

いまから約20年前に東京一極集中傾向が強まる中で、著名な都市社会学者である故磯村英一氏は、安定的な自治体経営を実現するために、住民概念の拡張を提案した。つまり、地域外に住みながらも、その地域環境に関心を持ち、その地域を応援したいと思う「信託住民」制度の設定である。そして、「信託住民」は一定の基準による納税の義務を果たせば、その自治体の選挙にも参加することができるとした。

同じ時期、農村社会学、特に中山間地域研究をリードする小川全夫(たけお)氏(現山口県立大学大学院教授)は、空洞化が顕在化しはじめた中山間地域において、この「信託住民」構想が重要な意味を持つことを論じた。この構想を拡張し、「ある村に自分が心を寄せるとしたならば、その村のために住民活動をする、寄付金活動をする、あるいは様々なアイデアを提供する」という多様な信託住民活動が考えられ、それにより「少なくとも税の再配分ではない、もうひとつのお金の流れが出来上がってくるし、それがさらに発展して心の交流にもつながっていく」と主張した。

都市・農村交流にいち早く注目していた氏は、地域外の住民による資金、労役、知識・知恵の提供が、地域内の内発的エネルギーと結びやすいこと、そしてここにこそ地域の再生の糸口があることを見通していたのである。

現在議論されている「ふるさと納税」のあるべき基本的な考え方が、ここにあるように思われる。つまり、心を寄せる自治体に対して、地域再生の志を、資金とともに移転しようという発想である。ここでは地域間の税収格差を埋めるような規模の資金移転である必要はない。むしろ、金額の多寡は大きな問題ではない。中山間地域では、「他の地域の人々から、気にかけられている、見守られているということだけで心の支えになる」(長野県阿智村岡庭村長)からである。

こうした目的で制度設計するのであれば、直接の納税にこだわる必要もないであろう。むしろ重要なのは、資金提供者である「信託住民」からのメッセージが、その思いが薄れることなく届く仕組みの構築である。「ふるさと納税」はそのようなものと考えたい。

都市と農村をそれぞれフィールドとする2人の泰斗が提唱した「信託住民」構想は、20年の歳月を経て、いま実現されようとしている。

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