全国町村会

主体的な働き方・暮らし方

日本大学経済学部教授 沼尾 波子 (第2989号・平成29年2月6日)

「田園回帰といわれるが、本当に都会の若者が地方に移住するのだろうか。」最近、こういう質問を受ける機会が増えた。だが実際に、田舎暮らしを選択する若い世代が少しずつ増えている。

理由の一つに、今の仕事や暮らしに対する疑問や不安があるようだ。高度に分業化された生産システムのもとで、自分の仕事が社会の役に立っているのかどうか分からない。生活のための時間を切り売りして所得を稼ぐのではなく、何か、主体的に社会と関わっている実感がほしい、という声を聞く。

一方の消費行為もまた、受け身となりがちだ。市販される数多くのモノやサービスのなかから商品を選んで消費し、生活を維持することはできても、それが本当にほしいものなのか分からない。大量生産された廉価な商品を選択し、消費しながら、暮らしが回る。

こうして、生きるために働き、店にあるものを消費する。暮らしのなかで主体性を見失ってしまうのかもしれない。

京都大学名誉教授の佐伯啓思氏は「本当にほしいものは市場にはない。」と論じる。多くの人が手に取るような儲かる商品以外は、市場から淘汰される。例えば、おばあちゃんが作るいなりずしが、そこでしか出会えない唯一無二の味であっても、市場価格のもとで一定の需要や、商品の安定供給がなければ、市場には出回らない。

それぞれの地域には、独自の風土、文化があり、そのなかで暮らしを営む知恵を持った人々がいる。そこには優れた技術があり、一流の素材がある。暮らしを紡ぎ、ホンモノのなかで仕事をし、創り出されたものを利用(消費)する。そんなふうに日々の生活を営む楽しみと豊かさを求めて、地方への移住や二地域居住を選択する動きが起こっているようだ。移住者にクリエーターやデザイナーが多いのはこうした理由からかもしれない。

人工知能の進歩により、十数年後には多くの仕事をロボットや機械が担う時代が到来すると言われる。今の自分の仕事は、将来も人間の仕事として存続しているのだろうか。そう考えたとき、人間にしかできないクリエイティブな仕事を担い、暮らしを楽しみながら、安心な生活を送りたいと考え、地方での暮らしを選択する人々は、今後ますます増えていくかもしれない。

政府は「働き方改革」を掲げるが、大切なことは、仕事を通じて多くの人や素材と出会い、創意工夫のなかで主体的に何かを生み出すことのできる環境であるように思える。そんな働き方・暮らし方ができる場として、地方の可能性が問われている。

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