全国町村会

千歳の村祭り

東京大学名誉教授 西川 治 (第2385号・平成14年1月28日)

大正生まれの1人として、今から70年前の4月に東京府下北多摩郡千歳村の塚土小学校に入学した。晩年の徳冨蘆花(1868〜1927)が、“美的百姓”を楽しんだ屋敷(蘆花公園)からそれほど離れていない。

千歳村は明治22年、回沢・八幡山・粕谷・船橋など八か村の合併で生まれたが、入学当時の運動会では、字対抗のリレーも目玉の1つであった。旧村ごとに神社の祭日と催しが異なるので、毎晩のように祭りめぐりを楽しんだ。晴れて世田谷区に編入されたのは昭和11年10月1日。その日の午後は全校生徒が地区ごとに分かれての提灯行列。東京市民になってからも田園風景に変わりはなかった。

昭和19年の秋に東大の理学部地理学科に入学、ある先輩が卒業論文で1万1千余の市町村別農業統計を処理して、全国の農業地域区分図を作成したのを見て、度肝をぬかれた。

昭和30年10月1日の市町村数は、4,812と激減したが、それでも手作業で市町村別の全国人口密度図や人口増減図などを仕上げるのは、根気との勝負であった。

戦後の農地改革と町村合併は、近代世界史上でも異例の大事業であり、その後の高度経済成長にもそれなりに寄与したはずである。

昭和40年代になると政・財界あたりからさらなる市町村合併促進への風圧が高まった。それに対して自治省は昭和四四年度から「広域市町村圏の振興整備」に力を注いだ。47年度までに設定された圏域数は329。

この施策が、今後の合併の基盤作りとしてどのように役立ったか、研究に値する問題であろう。それと共に大きな関心事は、明治の市・町村制施行以来、そのまま単独で存続してきた市町村は、1978年4月現在で、なんと878(27.8%)もあったが、これらの将来である。いわば地域文化保持の象徴である自治体の独立樹が、千年杉のように年輪を重ねていけるための環境整備にも、国の特別な配慮が必要ではあるまいか。

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