全国町村会

脱ダム宣言に寄せて

東京大学名誉教授 西川 治 (第2354号・平成13年4月23日)

昨年は、国土総合開発法が制定されてから50年になる。そのころ大学の地理学教室で助手を務めていたが、天龍川の佐久間ダムとか北上川総合開発をはじめとして、各地のダム建設予定地や工事現場などの視察も重ねていた。当時はまだ環境アセスメントの言葉はなかったが、ダムサイト付近の地形・地質、とりわけ活断層には恩師辻村太郎先生の御指導のもとで注意を払い、また上流域における山崩れ、地辷りの多少、堤体完成後の下流における洗掘などの変化についても調査したり、公共投資の経済効果についてもそれなりに学習したものである。その後も、こうした研究の専門家にはならなかったが、よそ目ながら内外におけるダム・堤防・溜池の決潰や維持管理についても関心は持ち続けている。

そうした折しも、某知事の脱ダム宣言がマスコミを賑わせた。そのやりとりの中で1つ不思議に感じたのは、耐用年数に近付きつつあるダムの劣化程度や補強対策がどうなっているのか、それがほとんど問題にされなかったことである。同じように、大地震が発生したさいにも、多目的ダム・農業用溜池・長大な河川や海岸の堤防などの被害診断が、どれほどなされるのかと、いつも気になっている。

ダムに関する大災害の事例としては、フランスのマルバッセ・ダム(1953年、基礎岩盤の滑(かつ)落による決潰、死者396人)、イタリアのバイオント・ダム(1963年、貯水池へ大規模な地辷りの突入による溢流、死者2,125人)などを思い出す。

オランダのポルダー堤防を必死に守った少女の美談も有名であるが、わが国では度重なる大小の地震、あるいは不等沈下などによって、堤防の微細な亀裂もいつしか危険な状態に近付くのであるまいか。しかも、昔のように毎日田畑で生命線を監視する人の目が希少になった現今では、災害の予知情報も激減したにちがいない。弱り目に祟り目、大震災と集中豪雨や津波の同時発生が起らぬよう、天神地祗(てんじんちぎ)に祈るばかりである

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