全国町村会

誤作動論の可動堰

東京大学名誉教授 西川 治 (第2303号・平成12年2月14日)

去る1月23日に実施された吉野川可動堰計画に関する徳島市住民投票の経緯には、甚だ不可解な点が多い。とはいえ、地方分権推進ムードが高まる中で、住民運動の意義について考えながら、「紙子を着て川にはまるな」との古い戒めを思い出すよすがにはなった。

たとえ、多数決原理が民主主義の基本的属性の1つではあっても、国会や地方議会においてはともかくとして、ある当否の判断に高度の専門的科学・技術の知識と理解力が不可欠であり、関連情報が十分に得がたい場合に、一般住民は一体何に基づいて賛否を決めるのであろうか。今回の対象は、長さは194m、流域面積約3,800平方km、日本では比較的大河川である。その自然動態、治水・利水システム、地理的環境の変遷等について全容を把握することは、河川工学者、工事責任者たちにとっても、決して容易なことではない。従ってこの可動堰問題は、住民投票になじむものとは到底考えがたい。「住民投票は民主主義のはきちがえ、誤作動である」といった所管大臣の発言は、挑発的に聞こえるが、当該ケースに限るとすれば、あながち不当とはいえまい。

むしろ、より深刻な問題は、某大新聞の見出で、「ふれる発言、心も可動堰」とやじられた点にある。いかに政治的苦慮のせいとはいえ、この計画の正当性・合理性について科学的技術的な理解をどれほど持っていたのか、疑わしいからである。同じく事後の県知事や市長のとまどいもひどく気になった。

一般投票者の反対理由も定かではないが、某著名な“哲学者”が代弁したように、観念的な自然保護と地球環境問題との短絡が、誤作動したとの感も否めない。一方、“水の郷百選”(国土庁)を誇る徳島市民たちは、直接即効性のうすい大規模な国営事業よりも、身近な水辺環境の整備や下水道普及などへの財政転換をより希求しているのであろう。民主主義は民衆と“民神”との両面を持つヤヌスの神を迎え崇めて、ミレニアムに明るい展望を示してほしいものである。

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