全国町村会

日本の山にはなぜ木が生えているのか

早稲田大学教授 宮口 侗廸 (第2993号・平成29年3月13日)

山が樹木に覆われていることは日本の常識である。しかし若いころ訪れた韓国の山にはあまり木が生えていなかった。そしてその後西ヨーロッパ諸国を訪れて、いかに木の生えていない山が多いかを知り、このことは、筆者が日本の農山村の価値を考える大きな出発点となった。

沖縄と北海道を除く日本の農山村の本来の風景は、以前この欄の川場村の写真で示したように、樹木に覆われた山々の山麓線に沿って農家が並び、その前の低地に水田が広がっているというものである。ヨーロッパにも似たような地形があるが、平地は小麦畑になっていることが多く、背後の山が牧草地になっているところが大きく異なる。

この違いは、わが国の水田の驚異的な土地生産性から説明することができる。わが国の人々は、夏に熱帯の暑い気団に覆われる気候を背景に、山々から流れ出す無数の河川の水を巧みに引水して、極めて多くの収穫が得られる水田農業を完成させた。この結果、山を食糧生産の場として直接使う必要がなく、樹木に覆われた山と農家、そして水田が織りなす落ち着いた風景が継承されてきたのである。暖かい季節に雨が降るわが国の気候が背景にあることはもちろんであるが、ひたすら低地で米づくりを追求した土地の使い方が、山が樹木で覆われている直接の理由なのである。

ヨーロッパの小麦畑の価値は、今でも蒔いた種の何倍収穫できるかで語られることがあり、その倍率でいうと、今も日本の水田の8分の1程度の価値しかない。わが国の反あたり何俵という表現自体が、いかに多くの米が収穫できるかを物語る。畑だけで十分な食糧が得られなかったヨーロッパ人は、山の木を伐採した後、そこを牧草地に変えて食べるための家畜をひたすら増やし、この結果優れた肉食文化が育った。逆に、わが国が食用の家畜を飼わずに歩んで来られたことも、すなおに理解できるであろう。ちなみに韓国では、オンドルというすぐれた床暖房が、山の木の過伐をもたらしたといわれている。

イタリアやスペインでは夏に日本よりも暑くなることが多く、高気圧が真上にあるために、まず雨が降らない。冬の雨で春に緑になった牧草地は、夏には枯れた色になる。九州の阿蘇山のまわりの牧草地が、夏にむせ返るような緑になり、冬は冬枯れになるのとは正反対である。先年、東北の友人農家に、丁寧に稲を育てると一粒が何粒になるか調べてもらった。何と2000粒を超えたという。わが国がいかにいのち育つ風土のもとにあるかをあらためて認識してもらいたい。そして、このような水田を持つ国がその耕作面積を減らし続けていることを、飢える国の人々はどのように受けとめるであろうか。

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