全国町村会

北陸新幹線開通に寄せて

早稲田大学教授 宮口 とし廸 (とし=にんべんに同)
(第2910号・平成27年2月23日)

今回は私事にわたることを許されたい。来る3月14日に、北陸新幹線が金沢まで開通する。私にとっては心待ちにしていた日であり、感慨深いものがある。

1982(昭和57)年に新潟−大宮間が開通した上越新幹線は、85年3月に上野まで到達した。その年の夏にいささか体調を崩し、 暇に任せてJRの時刻表を眺めていた筆者に、「これは富山から通えるのでは」との考えがひらめいた。実はその時筆者にはいくつもの悩みがあった。子供たちが育ってもう少し広い家に移る必要はないか。 そして地方の価値を信じる人間がこのまま子供を東京人に育ててよいか。さらに富山市に住む高齢の両親の存在もあった。これらの悩みは、筆者が富山から通えばすべて解決すると考えたのである。

その秋、富山市で家賃6万円の2階建てを見つけ、12月に引っ越した。大学の講義を3日間にまとめてもらい、月曜日の早朝富山を出て午後から授業、必要なだけ東京にいるという生活は、 今年で30年目になる。子供たちも地方の価値を感じつつ育ってくれたと信じている。この間多くの地方を訪れることもできた。

筆者は岐阜県と接する富山県の山村の小さな小中学校で過ごしたことが誇りである。村の大人たちと遊んでもらい、多くのことを学んだ。そしてこのことはその後の農山村の価値を考える上で、 大きな支えとなっている。その後全国町村会の研究会や国土審議会の専門委員会、さらには過疎問題懇談会などで、地方の目線で議論に参加できることは、何よりもうれしいことであった。 いろんな会議のため、飛行機に乗ることも多くなったが、しかし富山−羽田の飛行機はあわただしく、早朝に列車に乗ってそこでもう一度30〜40分まどろむのが二日酔いの解消にもなり、 健康にもよかったように思う。

当初長岡乗り換えで4時間を超えた富山−上野も、越後湯沢乗換えの北越急行(ほくほく線)が97年に登場し、3時間20分程度に短縮された。ただ有数の豪雪地帯を通るため、 大雪の時には車両の窓よりも雪の壁が高くなる。運休も時折あり、その点では気苦労もあったが、この気苦労からは間もなく解放される。富山では歓迎一色の陰で新幹線のストロー効果を心配する向きもあるが、 筆者はこの変化を素直に喜びたい。

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