全国町村会

人が育ててきた価値

早稲田大学教授 宮口 とし廸 (とし=にんべんに同) (第2369号・平成13年9月10日)

7月半ば、奈良県の川上村を訪れた。はるか室町時代から林業が営まれてきたといわれる吉野林業の村である。ここには人が植えて育てた樹齢380年の杉があり、いま地元では「歴史の証人」と呼ばれている。

人工林も200年生ぐらいになると美しく荘厳なものである。川上村にはそんな杉の人工林が数ヵ所あり、筆者はそれには何度も接しているが、今回は特にお願いして、林道から小1時間歩く、「歴史の証人」の杉の場所まで案内してもらった。

急斜面をジグザグに上り、ようやくその木が見えるところまできたが、一見そんなに大きい木には見えない。ところが誰かにそばに立ってもらうとその大きいことがよくわかる。周りにも同じような形の大きい木があるために、林を見ただけではその大きさが感じられないのである。樹高は50メートルを超え、周囲は胸の高さで5メートルを超える。

しかもその杉ははるか上まで枝もなく、神々しいくらいまっすぐに上に伸びていた。日本の国の人々だけが、はるか昔から山に木を植え、枝打ちをして立派な木を育ててきたのだが、その証人がまさにそこにいた。そして川上村がすでにこの木の周辺の土地を買い取り、村有林として後世に残そうとしていることはすばらしいことだと思う。

人間が手をかけて380年間育てたこの木は、人間がつくったものとして、考えようによっては、屋久島の縄文杉の樹齢七千年に劣らない価値を持つのではあるまいか。こんな例は、おそらく世界にいくつもあるまい。ぜひこれにならって、これからの時代に、持続的な価値を後世に残すような地域づくりを進めてもらいたいものである。

このときの川上行きは、大滝ダムの完成を控え、川上村が催した湖底フェスティバルに参加するためであった。実行委員長の大谷村長の挨拶にも水源地を守る村の決意がにじみ、遠く駆けつけられた長野県川上村の藤原村長もトークに参加された。心ある川上ファンがたくさん訪れ、会が大変な盛会だったことはいうまでもない。

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