全国町村会

いのちの世界の掟

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2783号・平成23年12月19日)

「いのちの世界」と「おかねの世界」があると考えてみよう。花を見て、美しいと感じる時、人は「いのちの世界」にいる。花屋で花束を買う時、人は「おかねの世界」にいる。生き物の中で、複雑な社会をつくり上げた人間だけが二つの世界を往復している。政策や経営戦略を練る時、「おかねの世界」を豊かにすれば、「いのちの世界」もそれに比例して豊かになるという前提で考える。そこに落とし穴がある。

全国の耕作放棄地を集めると、埼玉県の面積をしのぐ。手入れされないで放置されている山林は、それに劣らず広大であろう。グローバル市場で、「おかねの世界」の豊かさを追い求めた結果がこれである。いくら作物や山林を育てるのに好適の土地があっても、海外から輸入した方が得となったら、容赦なく見捨てられる。「おかねの世界」を豊かにすると、「いのちの世界」が貧しくなる好例である。

大正から昭和の初めにかけて、長野県で活躍した地理学者の三澤勝衛は、風土を生かすことが人の務めであると教えた。山から吹き降ろす冷たい風や厚く積もる雪を始め、生かせないものはない。風土を織り込んだ風土産業を興すことこそ地域振興だという。時代は移っても、人が「いのちの世界」の一員である限り、「風土を生かす」が守るべき掟であることに変わりはない。

TPP(環太平洋経済連携協定)についても、同じことがいえる。関税をゼロにして、広く競争原理を働かせれば、「おかねの世界」は豊かになるかもしれない。だが、「いのちの世界」は蝕まれて行く。

人類は、経済成長を続けると、地球温暖化の壁にぶつかることに気付いたが、開国競争が引き起こす自然破壊には目をつぶっている。人と周囲の自然との間に親密な関係を築くことが基本である。その関係を壊して顧みない、おかねの亡者がつくる国際ルールが永続するはずがない。「いのちの世界」の掟に背けば、やがて天罰が下る。

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