全国町村会

村は大学である

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2685号・平成21年7月6日)

幼いころ育った群馬県月形村(つきがたむら)は近隣の二つの村と合併し、今は南牧村(なんもくむら)になっている。その南牧村を久しぶりに訪ねた。歌や踊りの舞台でもあった古い公会堂はなく、その跡が役場になっている。

役場で村誌を見せてもらった。戦後間もなくの月形村の小中学校の生徒数を見 ると、100人を超えている学年もある。南牧村全体では一学年300人前後の生徒がいたことになる。思えば、昔の山村は大勢の子供たちの歓声がこだましていたのだ。もう1学年10人ほどしかいない。南牧村は高齢化率日本一の村になった。

都市化と一言で片付けてしまうが、村そのものが根こそぎされるかのような大変な惨禍だった。豊かさを追い求めた結果とはいえ、代償はあまりにも大きい。しかも、代償は都市にも及んでいる。

大正から昭和の初期にかけて活躍した長野県の地理学者、三澤勝衛の『風土産業』は独自の風土学を確立した著作だが、鋭敏な観察がぎっしり詰まっている。例えば、こうだ。柿の木の幹にはスギゴケが生えることがある。空気が湿潤な証拠である。乾燥を好むぶどう棚を設けるには、これより高くしなければならないと三澤は読み解く。私たちが都市化と共に失ったのは、こうした風土を読み、風土を生かす技を磨く暮らしである。

もっとも、村にはまだ細々ながらその暮らしが残っている。南牧村では、「村で暮らすのは、大学に入るようなものだ」と聞かされた。そこには、民俗学も、植物学も、地質学もあるという。風土に合った暮らしを窮めようとすれば、風土学の領域はいくらでも広がる。

「古老一人の死は図書館一つを失うに等しい」とは、広島・島根両県の過疎地 で支援活動をしている安藤周治氏に教えてもらった言葉だが、村の古老は風土学の達人ということだろう。年寄りが多い村は風土学の知恵の宝庫と見直した方がいい。南牧村で「年寄りは村の看板」という誇らしげな言葉を聞いて安心した。

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