全国町村会

世界は多彩、日本は単調か

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2651号・平成20年9月1日) 

北京五輪開会式の延々と続く入場行進を見ながら、世界は多彩になったという感を深くした。子供のころ習った地理では、アフリカはイギリス領、フランス領などの植民地ばかりで、独立国は十指にも満たなかったはずだ。中米・カリブ海も、なじみの薄い国・地域が増えた。旧ソ連の解体の影響も大きい。

子供たちが地理に弱くなったといわれるが、大人だって204の参加国・地域名を半分以上挙げられる人は少ないに違いない。「今、世界は」などと講釈を並べる御仁も、念頭にあるのはほんの20か30の国で、多くの国・地域は置き去りにしている。極端な場合、世界といってもアメリカしか頭にない議論もある。

試しに、入場行進のビデオを見ながら、世界地図を広げて、次々と入場する国・地域の位置を指で差してみるといい。世界の多彩さを体感できよう。子供たちだったら、ゲーム感覚で一生消えない世界を頭に刻みつけることができるだろう。

入場行進で印象的だったのは、大国の1,000人を超える大選手団よりむしろ、数人しかいない小国・地域の選手団が、存在を誇示するかのように民族衣装をまとい、にこやかに歩く姿だった。競技でも存在感を示した小国・地域は少なくない。陸上競技で旋風を巻き起こしたジャマイカは、人口は広島県、面積は秋田県並みの小国である。

大から小までいろいろあって、世界は楽しい。日本の地域や自治体も、いろいろであっていいのだと意を強くした。しかし、多彩さを許さない風潮は強まる。例えば、道州制導入に伴い、市町村を一定規模以上にそろえるという案である。もともと均質化を追求するのは近代の思考の特徴で、科学もその成果の1つだが、それを種種雑多な地域に当てはめると、どうも具合が悪い。自治体の規模をそろえたいというのは、よくいえば制度の美学、悪くいえば偏執狂である。世界は多彩、日本は単調であっていいはずがない。

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