全国町村会

聖火リレーが映し出したもの

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2639号・平成20年5月19日)

漫画的な光景にも見えた。警備の列でランナーの姿がよく見えない北京五輪の聖火リレーである。何としても「中華民族百年の悲願」といわれる北京五輪を成功させたいという中国の必死さは伝わってきたが、必死であればあるほどこっけいさが増すというあんばいだった。

思えば東京五輪のころの日本も必死だった。日本文学研究者のエドワード・サイデンステッカー氏は『立ち上がる東京』の中で、「日本は世界の劣等国であり、国際社会から閉め出されているという意識が根強く残っていた」と観察している。五輪開催は先進国入りするための通過儀礼だったから、拙速で新幹線、高速道路、モノレールなどの近代都市の装備を整え、精いっぱいの見栄を張った。

光化学スモッグの影響で、校庭で運動していた都内の女子高生などがばったばったと倒れるという事件が相次いだのは東京五輪より後だが、当時から東京の空はどんよりとして、恐らく大気汚染は今の北京に負けず劣らずだったはずである。国際的な批判を免れたのはまだ環境への意識の高まりがなかったせいだろう。

時代の風潮は後から振り返れば狂気に見える。見栄っ張りの度が過ぎて、日本橋の上を高速道路で覆ってしまったのだが、景観破壊が大した抵抗も受けなかったのは一億総熱病状態にあったせいか。

国民国家の形成を推し進めたナショナリズムは画一化の強制という狂気を伴った。その負の遺産を解消しようと、先進国で分権改革がまな板の上に載ったのはナショナリズムの熱狂がさめてからだ。やがては中国も、文化や伝統が漢族とは大きく異なるチベット族に広範な自治を認めるしかないように見える。しかし、五輪にあおられて愛国熱が最高潮にある今は、チベットの動きは許しがたい祖国分裂活動としか映らないのだろう。

ナショナリズムが引き潮にある先進国と満ち潮にある中国との落差。聖火リレーのこっけいさはそこからくる。

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