全国町村会

エサ米誕生由来記

評論家 草柳大蔵(第2378号・平成13年11月26日) 

「米にあらず10万本のコスモスが瑞穂の国を埋め咲くなり」。5年前の平成8年の秋、朝日歌壇に掲載された清野弘也氏(山形県)の一首である。

この年、農山漁村文化協会から『全集世界の食料・世界の農村』の1巻として「論争・近未来の日本農業」が発刊された。

基調報告者が犬塚昭治、佐伯尚美、七戸長生氏の3人、討論会の参加者が今村奈良臣氏ほか8人で、日本農業の将来を縦横無尽に語っていたが、全体に学者口調が抜けないものだから、読みづらい本だった。

しかし、平成13年のいま、読みかえしてみると、討論会での提言が次第に現実的な姿となって立ち上ってきており、かなり興味をそそられる。

たとえば、輸入飼料に依存した糞尿などをまき散らしている畜産はこれからも許されるかという問題提起がある。これを受けて今村奈良臣氏(当時、日本女子大教授)は、棚田の牧草生産力は高いから、牛や羊を飼えることを基準に棚田を残してゆくべきだろうと政策提言をしている。

この箇所を読んで私は見事な論調に感心して覚えていたが、最近、九州南部を旅行して「えさ米」を耕作している農家の話を聞いた。米作りは日本文化の中で神事と結びついている。ニギリメシは別名をオムスビとも言うが、ムスは「苔のむすまで」のように「生成する」、ビは「稲の霊」のことであると民俗学の本にも出ている。農家である以上、神の生産物である米を動物のエサにするのには抵抗がある。しかし、コスモスを作って休耕補償を貰うよりはいいだろうと、エサ米作りに踏み切った農家がそろそろ出てきた。多収穫ですこし甘味のあるコメを作ったら牛の肥育がすばらしい。糞尿もバクテリアを媒介して有機物に変換しやすい。「一体、そのエサ米の品種は何と言うんですか」と膝を乗り出すと、阿蘇山麓のある村長は「怒らないで下さいよ」と念を押したうえ、教えてくれた。ウシヒカリ。

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