全国町村会

心憎い話

評論家 草柳大蔵(第2309号・平成12年4月3日) 

和歌山県は、いま、南紀の町村が連繋して「蘇(よみがえ)りの地」を構築しようと、精力的な活動を続けている。なにから蘇ろうとするのか。その原点は「気(け)枯れ」である。起源は持統天皇にまでさかのぼる。

この才気煥発の女帝は熊野に前後14回の行幸を試みた。発端は藤原宮遷都である。都が完成するとすぐ、疫病が流行し、大雨や地震の天災に見舞われ、人心みるみるうちに落ち込んでしまった。この気持の落ち込みを昔の人は「気枯れ」と言った。

そこで女帝の熊野詣でとなるのだが、「気枯れ」からの回復を祈願するなら1回でよいはずだが、なぜ、14回も行幸されたのか。1回の行幸には、熊野の祖霊への献上品、着換えや食料の調整、お供のものの編成などで、大変な出費になる。それにもかかわらず、たびたびの行幸となった理由について、複数の学説があって一度読んだだけでは覚え切れないが、持統帝はご自身の体力をつけるために水銀を求めたという説と四柱推命(しちゅうすいめい)の占いによって良い方位にあたる水を飲みにいったという説が私にはおもしろかった。水銀はいまでこそ身体に毒とされているが、漢方薬では微量の水銀の薬効が認められている。「四柱推命説」は御茶水大学の女性の教授によるもので、持統帝が藤原宮を出発された日、熊野から藤原宮に還幸された日を、14回にわたり精査した結果、よい日によい方角にむかって行幸されたと、有無を言わさぬ結論を出している。

現代風に言えば、いま「熊野古道」と名付けられ、多くの人がグループで歩いている道を歩くことにより、森林からのフィトンチッドをたくさん浴び、細胞の活性化を図られたのではないかとも考えられる。

「気枯れ」は「失望」とも「倦怠」とも違う。是を是とし、非を非とする価値の尺度を手離して、身内のミスをかばいあい、日和(ひより)見の態度をよしとして「その日暮らし」をする心の状態である。

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